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杉江弘「機長の目」

JAL・ANA、統合・合併説を検証…運航面で膨大な調整、JAL破綻の原因はJAS合併

文=杉江弘/航空評論家、元日本航空機長
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日本航空のボーイング777-300ER型機(「Wikipedia」より)

 韓国航空最大手の大韓航空が、第2位のアシアナ航空を政府が後押しするかたちで吸収合併することになった。現在世界の航空会社はいずれも大幅な赤字になっており、国を代表するフラッグキャリアでも倒産する例も少なくない。

 航空需要の回復が見通せないなかで、日本でも韓国のようにANAHDと日本航空(JAL)が合併ないしは統合に向かうことは絶対にないといえるのか。仮に赤字が大きい国際線での統合となった場合、どのような問題が起きるのか考えてみたい。

ANAHDとJALの経営状態は大丈夫か?

 ANAHDは2020年7~9月期の最終赤字は約800億円で、21年3月期の連結決算の最終利益は過去最悪となる5100億円の赤字と発表した。一方のJALは、21年3月期の最終損益が2400~2700億円の赤字になるとの見通し。

 ANAHDは保有機の半分を削減し、職員の冬のボーナスをゼロにする。余剰人員対策としては他業種への出向等を決定し、実行に移している。JALでもボーナスの削減や社員の他業種への出向等の施策はほぼANAHDと同じだ。しかし、国内線の需要は今後徐々に回復するとしても国際線の復活の見通しが立たなく、新型コロナウイルス感染拡大が長引けば、国際線での赤字が両社共に経営基盤を揺るがしかねないことになろう。

 IATA(国際航空運送協会)が航空需要がコロナ以前に戻るのは24年以降と予測しているなかで、ANAHDとJALは政府系を含む金融機関からの融資や公募増資等によって当面の資金繰りの目途は立ったが、今後は何が起きるかわからない。そこで囁かれているのが、赤字が今後も大幅に続く国際線事業を両社が統合するという話である。

JALはJASとの合併で経営危機に

 歴史と企業文化の異なる会社の合併や事業統合は、そう簡単なことではない。04年にJALは(旧)JASと対等合併したが、その結果はどうであったか。

 当時JALは国際線が中心であったが、ANAが国内線で利益を拡大するのをみて当時の兼子勲社長以下、経営陣が国内線の路線網拡大のために目を付けたのが、経営難に陥っていたJASの路線であった。

 当時JASは機材の更新に後れを取っていたことなどにより経営難にあり、東急資本が支援に乗り出すとみられていたが、そこにJALからの合併話が飛び込み、いわば渡りに船となった。

 当時、両社の経営内容からみてもJALがJASを吸収するかたちでの合併が当然と思われていたが、対等合併となった。JALはなんとしてもJASの国内線路線網を手に入れてANAに対抗し、利益を拡大したいという思惑があったので、JAS側に条件面でさまざまな譲歩をした。

 その結果、運航面では国際線の経験のないJASのパイロットの教育やオペレーション上での統一という課題が発生した。08年からパイロットは国際線に乗務するためには、英会話能力の試験でグレード4(最高点は6)以上に合格しなければならないという国際的なルールができた。これは世界で起きた事故の原因が管制官との英語でのコミュニケーション不足によるものが多かったために導入されたものである。

 JALとJASの全パイロットが試験の対象となったが、とりわけJASのパイロットは国内線でも英語が基本だったとはいえ、グレード4を取得するのに苦労する人もいて再試験を繰り返す事態も起きた。さらにヒューマンエラー対策のためのCRM(クルー・リソース・マネジメント)のプログラムを、どちらの会社のものに統一するかが問題となった。結局、CRMはJASが行っていたものを採用して今日に至っている。

 このほかにも、客室を担当するCAやグランドスタッフの職場でも、例えば座席番号などを呼称するA~Zまでの呼び名では、JASではパイロットと同じようにA(アルファ)、B(ブラボー)、C(チャーリー)などとと呼ぶのに対し、JALではA(エイブル)、B(ベーカー)C(チャーリー)などとの呼称を使っていたが、JAS側がJAL側の呼称に合わせることになった。

 しかし、同じ会社のなかにあってパイロットなどの運航部門と客室、旅客部門でアルファベットの呼称が異なっているのは問題があり、現在ではICAO(国際民間航空機関)でもPhraseology(フレイジオロジー、表現法)の統一が求められているところである。

 極端な言い方かもしれないが、たとえば35Hの座席の乗客が危険物を持っているとして、CAがパイロットに連絡するときは35“ハウ”と呼称し、パイロットがその意味をわからなければ業務に影響を与えることになる。本来ならHを“ホテル”と呼称すると正しく伝わるものである。新生JALにおいても2つの呼称が存在し、それを一本に統一しようとする動きもないのは残念なことである。ちなみにANAHDではCAと地上職Kを“キング”と呼ぶ以外はパイロットと同じ呼称を使用している。

 さて、JALとJASとの合併において全職員にかかわる問題としては、合併後にJASの部長職の人数をそのまま保証するという人事を行ったために組織の合理化とならず、JALの職員との反目も見られるようになった。さらにJALは一部のグループ会社の運航を、JASの職員にかなり気を使ったかたちで進めたのである。

 さて、この合併によってJALはJASの持っていたローカル線も手に入れ国内線の路線網を拡充できたものの、リーマンショックによる経済不況に見舞われた。本来小型のリージョナルジェットが飛ぶべきローカル線にも中型機の老朽化したMD機(約140人乗り)を飛ばされざるを得ず、赤字はみるみる増えていったのである。

 私自身、JALのグループ会社で最後の3年はエンブラエルE170(76人乗り)というリージョナルジェットに乗務していたが、路線によっては乗客15人程度の日も少なくなかった。当時ここに固定費のかさむMD等の中型機を飛ばしていたなら、赤字になるのは当然と感じていたものだ。

 このような経緯によりJALのなかでは経営陣の方針に異議を唱える動きが広がり、元専務の何人もが兼子社長に辞任を求めるという異常事態が起きていた。私の周りにはJALが経営破綻したのは為替予約やホテル事業での失敗もあるが、JASとの合併が一番大きいと今でも言うOBが多い。

ANAHDとJALとでは企業文化が違いすぎる

 では、仮に今後ANAHDとJALが合併あるいは統合ということになれば、いったいどのような問題が起こり得るであろうか。

 長期的に赤字が続くかもしれない国際線部門での統合ということになれば、便数や機材、人員の削減により固定費を圧縮できる効果はあるものの、運航面での安全性がどうなるのか利用者にとってはその点が一番気になるところであろう。

 現実問題としてANAHDとJALの運航面では多くの違いが存在する。たとえば機材の呼び名やCAの呼び名の略称などは大した問題ではないが、オペレーション上の呼称やプロセデュアー(操作方法)が異なる点をどうするのか。両者で異なるCRMをはじめとする教育体制を短時間で一本化できるのか。

 それは極めて難しく、できてもかなりの時間を要するので新型コロナの影響に対応するための短期的な対策とするのであれば副作用のほうが大きいと私は思っている。それらの諸問題を軽く見たり急いだりすると、事故や重大トラブルが起きるというリスクがあると指摘しておきたいのである。

 また、私が長年航空業界に身を置き見聞した限りでいえば、どちらかといえばANAHDは男性社員が主導権を持つ社風であるのに対し、JALは国際線の歴史が長いことから男女同権的な社風といえよう。それは人事や客室サービスなどにも反映している。あくまで過去の話だが、ANAHDでは女性社員は30代半ばになると“肩たたき”によって退職するケースが多いといわれ、CAの平均勤続年数も7年前後であった。これに対しJALでは早くから人事面での年齢制限を撤廃し、結婚・産休後の乗務も認めてきた。それによってCAの平均勤続年数もANAHDより長くなっていた。

 JALがJASと合併した直後は、JASのCAは国際線の経験がないために現場のJALのCAはJASのCAに教育・指導を行ったものの苦労の連続であったと聞いた。しかし、ANAHDとJALの間ではそのような問題は発生しないであろう。両社のCAは共に国際線の経験も豊富であるからだ。

 以上、両社の企業文化、社風の違いは必ず存在するであろう。航空業界でも安全やサービス面で克服しなければならない多くの課題があるのは同じである。はっきり言えることは、それらの課題を克服するためにはかなりの時間を要するということである。

政府は両社に援助の手を差し伸べるのか?

 各国の政府は、新型コロナの影響を受けている航空会社に資金援助を行ったり統合を促して、なんとか事業継続だけは確保しようと動いている。では、日本政府はどう動くのか。

 ここからは私の政治家人脈からの話と状況証拠から申し上げるものであるが、安倍政権は明らかにANAHDを第一に考えていた。長年JALに委託していた政府専用機の整備をJALからANAHDに変更もした。JALが経営危機の折に民主党政権の主要メンバーがJALの救済に動いたことも気に入らず、「JALイコール民主党」というイメージからANAびいきになっていた。ちなみに安倍晋三前首相のゴルフ帽子にはANAのバッジが付けられていた。菅政権も安倍政権の継承と言っているので、この流れは変わらないであろう。現在資金的にもっとも困っているのはANAHDであり、政府としては必ず万全の支援体制で臨むことであろう。

 一方、JALは10年の経営破綻の折に組合関係者の解雇(これは今でも係争中で許されない行為である)をはじめ、大量の人員整理を断行した結果、合理化が進み、資金的にまだ余裕があるので政府からの支援もANAHDほどにはならないであろう。JALには一度税制面などで支援したので、再度資金面で支援するとはいかない面もあろう。

 このように考えると、今後、ANAHDとJALが赤字が続くことが確実な国際線での統合といった状況に仮に発展するにしても、それは対等ではなく“ANAHD中心”“ANAHD第一”という考え方で進んでいくものと考えられるのではないか。

 しかし、次期衆院総選挙で自公政権が敗北するようなことになれば、ANAHDとJALの支援体制も変わることになると考えられる。本来あってはならないことであるが、航空事業の再編の動きは、わが国でも多分に時の政権と無関係ではないことだけは確かであろう。
(文=杉江弘/航空評論家、元日本航空機長)

杉江弘/航空評論家、元日本航空機長

杉江弘/航空評論家、元日本航空機長

1946年、愛知県生まれ。1969年、慶應義塾大学法学部卒業。同年、日本航空に入社。DC-8、B747、エンブラエルE170などに乗務する。首相フライトなど政府要請による特別便の経験も多い。B747の飛行時間では世界一の1万4051(機長として1万2007)時間を記録し、2011年10月の退役までの総飛行時間(全ての機種)は2万1000時間を超える。安全推進部調査役時代には同社の重要な安全運航のポリシーの立案、推進に従事した。現在は航空問題(最近ではLCCの安全性)について解説、啓発活動を行っている。また海外での生活体験を基に日本と外国の文化の違いを解説し、日本と日本人の将来のあるべき姿などにも一石を投じている。日本エッセイスト・クラブ会員。著書多数。近著に『航空運賃の歴史と現況』(戎光祥出版)がある。
Hiroshi Sugie Official Site

Twitter:@CaptainSugie

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