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藤和彦「日本と世界の先を読む」

緊急事態宣言、実効性に疑問も…コロナ患者受け入れ、全医療機関の2割にとどまり医療崩壊

文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー
緊急事態宣言、実効性に疑問も…コロナ患者受け入れ、全医療機関の2割にとどまり医療崩壊の画像1
首相官邸ホームページ」より

 政府は新型コロナウイルスの感染拡大に対応する緊急事態宣言を1月7日に発令することを決めた。東京・神奈川・埼玉・千葉の1都3県が対象で期間は1カ月程度を想定しているが、その解除にはステージ4(注)からの脱却が条件である。

(注)政府の新型コロナ対策分科会は「爆発的な感染拡大及び深刻な医療提供体制の機能不全を避けるための対応が必要な段階」と定義している。

 分科会の尾身茂会長は5日夜の記者会見で「緊急事態宣言で感染が下火になる保証はない。1~2週間の単位では無理だ。必要ならさらに強い対策もあり得る」と危機感を露わにしている。理論疫学を専門とする「8割おじさん」こと西浦博・京都大学教授も「飲食店の制限だけでは1カ月で感染者は減少しない」と指摘する(1月5日付NHK)。

 昨年4月から5月にかけての緊急事態宣言時は、人と人との接触を「最低でも7割減らす」ことが求められ、広く社会的活動に規制がかけられた。一方、今回の宣言の主要な対策は「1都3県で飲食店の営業が午後8時まで、酒類の提供は午後7時まで」であることから、「ただの『飲み会禁止令』にすぎない」と揶揄する声が早くも出ている。飲食店側からも「1日当たり4万円の協力金では要請に応じられない」との声も高まっている(1月6日付読売新聞)。

 政府は5日、新型コロナウイルスへの対応を定める特別措置法改正案の論点を与野党に示した。営業時間を短縮した店舗への財政支援を明記し、自粛要請に応じない事業者への罰則を新設する案だが、はたして実効性が上がるのだろうか。

 筆者は感染症の専門家ではないが、呼吸器感染症は冬場の低温・乾燥状態の下では、人の往来を制限しても感染拡大の抑止は難しいのではないかと考えている。ウイルスが感染力を持つ時間が夏場に比べて格段に長くなる一方、鼻やのどにあって侵入したウイルスなどの異物を外に出す働きをしている「線毛」の働きが弱くなるといわれているからである。

 仮に対策を強化したとしても、春になるまでは新規感染者数が高止まりする状態が続く可能性がある。日本では「3密防止」の観点から、一般の国民は「行動変容」を迫られ、これになんとか対応してきた。だが、増加したとはいえ、欧米諸国に比べて感染者、死者数とも格段に少ない状況が続いているにもかかわらず、「医療崩壊」を防止するために社会・経済活動を再び大幅に制限しなければならない事態に追い込まれている。過去半世紀にわたり日本は甚大なパンデミック被害を受けなかったことから、「日本は感染症対策が盤石である」との神話が成立していたが、その神話がもろくも崩壊しつつある。

非伝統的安全保障

 日本には「打つ手」が残っていないのだろうか。海外に目を転じると、中国共産党河北支部の公式機関紙「河北日報」は5日、河北省における新型コロナウイルス感染への対応が「戦時体制」に入ったと報じた。首都北京を取り囲むように位置している河北省が「戦時体制」に入ったことで、専門の調査チームを各地に派遣し、陽性反応を示した人の濃厚接触者を追跡し、隔離措置を徹底するとしている。

 日本ではあまり知られていないが、世界の安全保障政策の分野では近年「非伝統的安全保障」という概念に注目が集まるようになっている。国の領土や政治的独立に対する軍事的脅威に軍事力を用いて対抗する伝統的な安全保障に対して、非伝統的安全保障は、気候変動・テロリズム・貧困・金融危機・感染症などの非軍事的な脅威に対して政治・経済・社会的側面から対処することによって、国の平和と安定を確保するというものである。

 新型コロナウイルスのパンデミックにより、世界各国で感染症への対処が国家危機管理の最優先事項となっているが、「戦場」における主要なプレーヤーが医療機関であることはいうまでもない。筆者は昨年12月、2回にわたりコラムで「現在の日本の医療体制は有事には対応できない」と主張してきたが、メディア(例えば1月6日付日本経済新聞)もこの問題について詳しく報じ始めている。

「行動変容」を求められる医療機関

「医療崩壊が起きる」と連日報じられているが、現場の医療関係者からは「せっかくコロナに対応してくれている数少ない基幹病院で医療崩壊が起きているのが正確な表現である」との声が上がり始めている(2020年12月30日付ニューズウィーク)。

 厚生労働省によれば、全医療機関のうち新型コロナ患者の受け入れ実績があるのは全医療機関の18%、受け入れ可能医療機関も23%にとどまっている(昨年10月時点)。全体の8割を占める民間病院のコロナ患者受け入れが1割にとどまっている(2020年12月28日付日本経済新聞)ことが主な要因である。

 政府は昨年12月末、病床が逼迫している地域で、重症者を受け入れる1病床につき1500万円補助することを明らかにしたが、「コロナ患者受け入れによる病院経営全体への悪影響を考えると『二の足』を踏む病院経営者が多いのではないか」との指摘がある。誤解を恐れずにいえば、日本で最も「行動変容」をしてこなかったのは医療機関なのである。

 都道府県知事は個別の病院に対して特定の医療行為を行わせる権限はないが、有事において「法律がないから行政によるコントロールは困難である」という言い訳は通用しない。

「政府のコロナ失政は戦前の日本と同じだ」との論調が出ているが、失敗の本質は「『必要なところに資源を投入し、長期戦に備える』というロジステックス(兵站)の発想の欠如にあった」と筆者は考えている。

 政府は日本の医療体制が抱える問題を明らかにすることで国民的なコンセンサスを得ながら、「パンデミックという有事にも対応できる強靱かつ効率的な医療体制」を一刻も早く構築することが最優先課題である。

(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

1984年 通商産業省入省
1991年 ドイツ留学(JETRO研修生)
1996年 警察庁へ出向(岩手県警警務部長)
1998年 石油公団へ出向(備蓄計画課長、総務課長)
2003年 内閣官房へ出向(内閣情報調査室内閣参事官、内閣情報分析官)
2011年 公益財団法人世界平和研究所へ出向(主任研究員)
2016年 経済産業研究所上席研究員
2021年 現職
独立行政法人 経済産業研究所

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