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桶谷 功「インサイト思考 ~人の気持ちをひもとくマーケティング」      

一漫画だった『鬼滅の刃』が超人気コンテンツに“大化け”したプロセスと要素を分析

文=桶谷功/株式会社インサイト代表取締役
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『鬼滅の刃 23』(サイト「Amazon」より)

 昨年末の12月26日に、興行収入でついに国内歴代1位となった映画『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』(アニプレックスと東宝発表)。『鬼滅の刃』は、なぜ、ここまでヒットしたのか。さまざまな視点から要因が語られているなか、ここでは『鬼滅の刃』は、いったい、今の日本の人々のどういう気持ちを捉えたのか、消費者心理の視点から見ていくことにしましょう。

女性に支持された『鬼滅の刃』

『鬼滅の刃』は、女性に受け入れられたのが大きな特徴です。映画館に見に行ったとき、目立ったのは母親と子供たち、若い女性のグループ。男女のカップルもいるものの女性二人連れが目につきました。

『鬼滅の刃』は、もともと「少年ジャンプ」(集英社)に連載されたコミック。あの大ヒット作品の『ワンピース』でも、ファンの中心は男性です。では、『鬼滅の刃』は、『ワンピース』にはないどういう魅力があるから、女性の心を捉えられたのでしょうか。

『ワンピース』は「少年ジャンプ」のヒットの三大原則といわれている「友情・努力・勝利」を真正面からとらえた、少年コミックの王道をいく作品です。主人公・ルフィは「海賊王に、おれはなる!」という、ある意味、自らのビジョンを掲げ、その目標に向かって突き進みます。

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『戦略インサイト 新しい市場を切り拓く最強のマーケティング』(桶谷功/ダイヤモンド社)

 それに対して、『鬼滅の刃』の主人公・炭次郎が鬼と戦うのは、自分のためではありません。鬼になった妹の禰?豆子(ねずこ)を人間に戻すため、そして世間の人々の命を鬼から守るため、という「利他的」な目標からです。

 また、炭次郎は、他者への「共感力」が高い。滅ぼした鬼に対してさえ、「もともとは人間だった。鬼にならねばならなかった事情がある」と思いやり、共感します。作者の吾峠呼世晴氏は、鬼自身の幼少期や心情まで細やかに描いています。

 この他者を深く思いやる「共感力」と、自分のためではなく、人のために努力し全力を尽くす主人公の「利他的」な行動。これこそが、女性の支持を集めた最大の要因だと筆者は見ています。映画館でも、「人のため」「人を思いやる」感動的なシーンでは、子供たち以上に、お母さんたち女性のすすり泣く声があちこちから聞こえてきました。

 作者の吾峠呼世晴氏は、男性名を名乗っているものの、本当は女性なのではないかといわれている理由も、この女性的な共感力や利他的な行動にありそうです。

コロナ禍の「不寛容」の空気感の中での、「ほっとする」安堵感

 新型コロナ禍で、自粛や規制を守らない人たちを取り締まる「自警団」が現れるなど、他者に対して不寛容な時代の空気があります。そもそも、日本では不祥事を起こした人なら、メディアやネット上で袋叩きにしてもよいといった風潮がありますが、コロナ禍でますますその風潮が高まったようです。

 そういうなか、『鬼滅の刃』は殺戮と血にまみれた物語であるにもかかわらず、見終わったあと、なぜか「ほっとする」安堵感があります。それは、鬼に対しても理解や同情を示す炭次郎の寛容なやさしさや思いやりがあるからでしょう。

 また、外で鬼と戦ったあと、「家」で治療をしたり訓練をしたり、心の休まる時間と空間がある。仲間の善逸(ぜんいつ)や伊之助(いのすけ)のギャグっぽいやり取りにも癒される。この「家」の安心感や仲間の存在が、ややもすると心がギスギスしてくる日常に、「ほっとする」安堵感をもたらしてくれているのでしょう。

「今からでも間に合うかなあ」という気持ちに応えた、アニメのネット配信

 前述のとおり、『鬼滅の刃』は「少年ジャンプ」に連載されたコミックからスタートしています。この時点では、コミック好きの男性がファンの中心だったと思われますが、アニメ化され地上波で放送された(2019年4月~9月)あたりから、話題になり始めます。ただ、一気にファンが増えたのではなく、2020年10月の『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』の上映開始まで1年以上かけてファンが増えていったのです。

 このファン拡大に最も貢献したのが、ネットフリックスやアマゾン・プライムビデオなどのさまざまなネット配信サービスだったと見ています。地上波のテレビ放送しかなければ、見逃してしまえばそれで終わり。周りで話に出ても、ちょっと気になっても、「えー、もう終わっちゃったアニメなのー。残念」となりかねないし、すでに始まっているアニメを第1話から見ることはできない。

 しかし、ネット配信サービスはそれを可能にしてくれたわけです。「えー、そうなの? 鬼滅って、気になってたけど、そんなに面白いの?」って思ったとき、出遅れていても大丈夫。置いてきぼりになることなく、すぐに追いつけるのがネット配信のいいところ。「定額のネット配信で、全部見られるよ」と聞いて、その時点から自分も参加できる話題には、やはり強い拡散力がある。

 小学生のお母さんたちの間で、ネットフリックスやアマゾン・プライムビデオで「一気見」した人も多かったようです。劇場版を子供と見に行く前に、そこまでのストーリーや登場人物くらいは知っておきたい。そしてストーリーに引き込まれたら、その続きである劇場版は絶対見たくなる。まさに、テレビアニメシリーズと劇場版のどちらもが、双方のプロモーションになっているわけです。

 そして、次はコミックの単行本。テレビアニメ化されたお話をコミックスでも読みたくなるし、劇場版の続きを知りたくなったらコミックスを読むしかない。本はあっという間に売り切れて高値の中古本が出回ったりしましたが、ここでもネット通販の電子書籍が大活躍。電子コミックなら「読みたい!」と思ったときに、すぐ「一気読み」ができます。本のように売り切れの心配もなければ、届くまで待つ必要もないので次々と読んでしまいます。

 ネット配信と電子書籍によって、誰もがいつからでも流行りのコンテンツに参加できるようになったのです。

「利他性」と「参加性」が、事業に欠かせない

鬼滅の刃』のヒットは、さまざまな業種のビジネスにどのような示唆を与えてくれるでしょうか。

 ひとつは、「利他的」な視点。その事業が、人々のどういう役に立つのか、社会的な意義は何か、という視点です。この「利他」、つまり人にとっての「利点」を提供するためには、まず「他」が何を求めているか、人々が「共感する」ポイントは何かを見極める必要があるということです。

 若い世代や女性にとって、「人・社会の役に立つ」ことはとても大切です。SDGsなどに対しても、斜に構えることなく真正面から向き合うのが、上の世代の男性と大きく異なるところです。

 もうひとつは、「参加性」の視点。誰もが、その事業の社会性に賛同したとき、簡単にすぐ参加できることが大切です。どんなに人の役に立って社会的意義があっても、参加しにくい仕組みでは、賛同が行動に結びつかず事業として成り立たなくなってしまいます。

「利他的」な社会性と、「参加性」を備えた事業の例を、2つほど挙げてみましょう。

 ひとつめは、「WealthNavi(ウェルスナビ)」。「働く世代に豊かさを」というミッション(社会的使命)のもと、ロボアドバイザー(AIの自動運用)による個人資産運用サービスを提供しています。低金利・退職金の水準が下がる環境下でも、誰もが資産を増やせるよう「長期・積立・分散」運用を推進するため「取引手数料ゼロ」としています。従来型の証券会社の、取引手数料のために、短期で頻繁に売買する顧客を重視していたビジネスモデルとは異なり、「利他性」「社会性」を感じさせます。

 また、金融や運用についての知識がなくても、誰もが、世界の機関投資家や富裕層が利用してきたような高度な資産運用サービスを自動運用で受けられます。また、少額からいつでも始められ、スマホで運用状況やポートフォリオを簡単に見られる点も、「参加性」が高いと言えるでしょう。

 ふたつめは、「Schoo(スクー)」。「世の中から卒業をなくす」をミッションに、オンラインで「大人たちがずっと学び続ける生放送コミュニティ」を提供しています。時間や場所、コスト、モチベーションなどの「学び」の障壁を取り除き、すべての人が学び続けられる世界をつくることで、社会課題の解決速度を加速することを目指しています。

「未来に向けて、社会人が今学んでおくべきこと」をコンセプトにした生放送授業を、毎日無料で提供し、誰もが続けやすいよう「オンラインでみんなと繋がりながら学べる」仕組みを作り上げています。

 2つの事例を簡単に紹介しましたが、「利他的」な社会的意義と、誰もが始められる「参加性」が、事業にとってますます大事になってくるでしょう。

桶谷功/株式会社インサイト代表取締役

桶谷功/株式会社インサイト代表取締役

大日本印刷(株)を経て、世界最大級の広告代理店 J.ウォルター・トンプソン・ジャパン(株)戦略プランニング局 執行役員。ハーゲンダッツのブランド育成などに貢献。2005年、著書「インサイト」(ダイヤモンド社)で日本に初めてインサイトの考え方を体系的に紹介。2010年に独立し、(株)インサイト設立。マーケティング全般のコンサルティングを行う。コンサルティング実績は、食品・飲料・日用品・クルマ・医薬品・百貨店・ファッションEC・C2C・テック系サービスと多岐にわたる。インド・中国などでのインサイト探索・戦略開発や、イノベーション開発、独自メソッドの導入・教育も行う。他の著作に「インサイト実践トレーニング」「戦略インサイト」(ともにダイヤモンド社)など。企業・協会等での講演やセミナー多数。日本広告学会会員。グロービス経営大学院MBA講師。

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