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50億円投入、コロナ下で東京五輪「聖火リレー」準備に自治体が奔走…封印されたルーツ

文=菅谷仁/編集部
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東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会公式サイトより

 新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い、全国の各自治体で緊急事態宣言が発出されている。そんな中、各地方自治体の担当者が気をもみ始めたのが、3月25日から開始される東京オリンピック「聖火リレー」の成り行きだ。

 聖火は東京電力福島第1原発事故が発生時、政府や東京電力などの前線基地だった「ナショナルトレーニングセンターJヴィレッジ」(福島県楢葉町)をスタート。121日間かけて、日本全国47都道府県をめぐる。事業総額50億円ともいわれるビックプロジェクトだ。一方でコロナ禍が一定の収束を見なければ、沿道での聖火リレーの見学自粛はもちろん、各地で予定されているイベントの縮小もあり得る。

 スタート地点となる福島県では今月、福島大や郡山女子大付属高などでクラスターが発生した。東日本大震災、福島第1原発事故の被災地であるいわき市や南相馬市などでも感染者が確認され、1月14日までの累計陽性者数は1337人に上っている。同県幹部は憔悴した様子で次のように話す。

「聖火リレーをつつがなくスタートできるかは、もはや神のみぞ知る状態。しかし、五輪のシンボル的な行事ですし、今年は震災10年の節目ということもあるので、何としてでも実施にこぎつけることができるよう担当部局は全力を尽くしています」

 一方、そうした行政関係者の姿を見て、南相馬市小高区の建設業経営者は慮る。

「震災、原発事故の対応がやっと落ち着いたと思ったら、今回のコロナ禍です。自治体職員も正直疲れ切っていると思いますよ。当初、掲げられていた復興五輪というテーマも日本中で忘れられ始めています。風評被害払しょくのためもあるのかもしれませんが、五輪にはあまり期待していません。自治体職員も被災者です。震災関連死などで多くの人が親類や友人、知人などを亡くしています。頑張りすぎず、震災10年の節目をみんなで静かに弔うことができればいいと思います」

なぜか記載されていない「聖火リレーのはじまり」

 現場では五輪に向けた血のにじむような努力が続いている。そもそも聖火リレーはなぜ行われるのだろう。確かに開催国の国民が、オリンピックに触れる貴重な機会でもあるし、開催都市だけではなく全国に五輪の経済効果は大きいだろう。だが、大会の開催自体が危ぶまれている状況下で、絶対に行われなければならないものなのだろうか。

 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(組織委)公式サイトの「東京2020オリンピック聖火リレーとは」の項目には次のような説明がある(冒頭写真参照)。

「近代オリンピックでは、パリ1924大会まで聖火はありませんでした。アムステルダム1928大会の際、スタジアムの外に塔を設置し、そこに火を灯し続けるという案が採用されたことが契機となり、現在のような聖火が誕生しました。聖火は大会の数ヶ月前に古代オリンピックの聖地であるオリンピアの遺跡であるヘラ神殿前で採火されます。その後、多くの人によって開催地まで運ばれ、開会式当日に、最終ランナーによってメインスタジアムの聖火台に点火され、大会が終わるまで灯し続けられます」(原文ママ、以下同)

 近代オリンピックに「聖火」が導入されたことに関しては詳細に触れられているが、「聖火リレー」に関するルーツの記載がない。一方、同サイト下部にある「動画で知るオリンピック聖火リレー」と題した動画では約3秒間「聖火リレーが始まったのは1936年のベルリン大会です」というテロップと当時のランナーの映像が流れるのだが、どのような経緯でリレーが始まったのかに関する説明はない。いったいどういうことなのか。

 外務省外交史料館の元職員は次のように話す。

「聖火リレーが近代五輪で初めて実施されたのは1936年、ナチス政権下にあったドイツ・ベルリン大会です。国際関係史を学ぶ者なら誰でも知っていることです。

 聖火リレーはドイツの大学講師カール・ディームが発案し、ベルリン大会組織委事務局長を務めていたナチス当局者により創設されたものです。ヨーロッパ文明の起源であるギリシャで採火した聖火を、ドイツ国民の手でベルリンに運ぶ。『ゲルマン民族こそ、正しきヨーロッパ文明の後継者である』というプロバガンダを展開しようというものでした。ヒトラーはとてもこの案を気に入り、レニ・リーフェンシュタールのプロバガンダ映画『民族の祭典』に収められている通り、国威発揚事業として多いに利用しました。

 現在の聖火リレーでは『平和・団結・友愛といったオリンピックの理想を体現する』という理念が掲げられています。時代が変わり、ナチスが聖火リレーを開始した時から、マインドが変わったというのであれば、そのように1文付け加えればいいのではないでしょうか。ナチスの諸事業を省みて、再出発するということが欧州はもちろん、世界の共通認識です。これはオリンピックのあり方も例外ではないはずです。

 東京五輪組織委は、そのあたりのことを公にすると大会のイメージが悪いのであえて記載しなかったのではないでしょうか」

IOC公式サイトにはベルリン五輪発祥の記載がある

 ちなみに、国際オリンピック委員会(IOC)の公式サイトにある「THE HISTORY OF THE OLYMPIC FLAME」では、聖火リレーの始まりがベルリンオリンピックであること、カール・ディームの発案により、ベルリンオリンピック事務局が組織決定したことなどがしっかりと明記されていた。また聖火リレーは、次のように『オリンピック憲章』で定められていることも解説されていた。

「54オリンピック聖火の使用

1. OCOG(組織委員会) はオリンピック聖火をオリンピック ・ スタジアムに運び入れる責任がある。 聖火リレーと聖火の使用に関するすべての準備は IOC プロトコルガイド、 およびオリンピック開催地契約に定められたプロトコルに関する条件に従い行うものとする」

 ちなみに2015年に公開された東京オリンピック・パラリンピックの「開催都市契約・大会運営要件」にある「聖火リレー」の項目は以下の通りだ。

「1.6. 聖火リレー 序論

オリンピック聖火リレー(OTR)は、オリンピック競技大会の中でも極めて特徴的なパートであり、オリンピック聖火のシンボルを通じてオリンピックが理想とする平和、団結・友愛を表現する上で重要な役割を果たす。過去の多くの大会を通じて、オリンピック競技大会の精神を開催国全体で共有し、国内を移動する際に地域住民を巻き込み、開催直前の大会の興奮と期待感を創出する特別な機会となることが証明されている。OTR は、大会期間以外で OCOG が利用できる最も価値のある、インパクトの高い大会の宣伝手段の一つであり続けている」

「平和・団結・友愛」を掲げているものの、アスリートや開催国の国民目線の意義に関する記載は少なく、あくまで主催者目線の記述だ。むしろ「国内を移動する際に地域住民を巻き込む」「インパクトの高い大会の宣伝手段」などという記載から、いかに国や組織委が国民の動員に対して腐心しているのかが窺われる。

 東京大会の聖火リレーのホームページで、ベルリンオリンピックに関する記載がないのはなぜなのか。当サイトでは、組織委に対し質問したところ、以下のような回答を得た。

「ご連絡いただいた件でございますが、聖火リレーに関しては、時代と共にその考え方やルールは変化を繰り返していると聞いております。記載していない意図は特にございません」

(文=菅谷仁/編集部)

菅谷仁/Business Journal編集部

菅谷仁/Business Journal編集部

 神奈川新聞記者、創出版月刊『創』編集部員、河北新報福島総局・本社報道部東日本大震災取材班記者を経て2019年から現職。

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