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紙の「時刻表」が今も月5万部も売れている理由…スマホ検索が絶対に勝てない点とは?

文=沼澤典史/清談社
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「gettyimages」より

 今、電車の発車時刻を調べようと思ったら、ほとんどの人がインターネットかスマートフォンのアプリを使うだろう。しかし、いまだに雑誌形式の「時刻表」が毎月発行されており、約5万部も売れているという。

 これは、業界関係者や鉄道マニアが買っているからなのか。それとも、他に読者がいるのだろうか。現在の「時刻表」の販売実態と、その展望について、鉄道ライターの枝久保達也氏に話を聞いた。

時刻表の“元祖”と“本家”とは?

 出版不況が叫ばれて久しいが、なぜ「時刻表」は売れているのか。一概に比較はできないが、歴史と伝統のある月刊誌「中央公論」(中央公論新社)の現在の発行部数が約1万9000部であることを考えると、いかに「時刻表」の売れ行きが好調かがわかるだろう。

 しかも、「時刻表」は、1925年創刊の「JTB時刻表」(JTBパブリッシング)と、87年創刊の「JR時刻表」(交通新聞社、当時の名称は「全国観光時間表」)の2種類が発行されている。

「『JTB時刻表(旧・交通公社の時刻表)』は、87年3月までは国鉄監修の公式時刻表として位置付けられていました。『JR時刻表』は、その後、JR誕生と同時に創刊されたJR公式時刻表で、言うなれば“元祖”と“本家”の違いのようなものです。掲載されているJRの列車情報などは当然同じですが、バス路線などの取り扱い範囲や、路線、列車の並べ方(どの駅、列車を基準として時刻順に並べるか)、色使い(『JR時刻表』は本文2色刷り)など、見せ方に違いがあります」(枝久保氏)

 それぞれの違いの一例を挙げると、「JTB時刻表」は旅行者向けのため「特急」を基準に列車を並べているが、現場の駅員が使うことが多い「JR時刻表」は普通列車同士を並べるなど、レイアウトや並べ方が微妙に異なっている。

「古くからの鉄道ファンは、歴史のある『JTB時刻表』の方が完成度・熟成度が高いとして好んでいました。ただし、『JR時刻表』も30年以上の歴史を重ねていて、今や発行部数は『JTB時刻表』を上回っています。どちらが優れているというよりは、どちらを最初に手に取ったかなど、好みや慣れの問題でしょう。ただ、売れている『JR時刻表』の方が取り扱い書店が多いため、『JTB時刻表』から乗り替えた人もいるようです」(同)

 内容は同じだが、それぞれに特徴がある「時刻表」。では、それぞれ誰が買っているのか。単純に鉄道ファンだけの購入では、これだけの数字を叩き出すことは不可能と思われる。

「鉄道ファンの需要に加え、観光・旅行・運輸業者、大企業や官公庁、公共施設などが業務用として購入しています。ただ、鉄道ファン以外は『買い支えている』というよりは昔からの慣習で、なかば惰性で買い続けているのが実際のところでしょう。その証拠に発行部数は年々減少しているので、購買層もシュリンク傾向といえると思います」(同)

「JTB時刻表」の発行部数は、最盛期(86年3月)には200万部を超えていたという。それが、スマホなどの登場で年々減少。「JR時刻表」の方は10年前の発行部数は約12万部だが、現在は約5万部となっている。

時刻表でしかできない時間を超えた“旅行”

 スマホの登場で、時刻表による経路検索は廃れてしまった。しかし、時刻表が、通常のネット検索では満たしにくいニーズにこたえている面はあるという。

「たとえば『途中駅で1時間ほど食事の時間を取る』『特定の列車を選んで乗りたい』など、細かい条件指定をして調べるのであれば、今も時刻表の方が優位なことが多いです。そのため、駅や旅行代理店の相談窓口などでは時刻表が現役で活躍しています。ただし、細かい条件指定が可能なネット検索も増えているので、この優位性も次第に小さくなるかもしれません」(同)

 さらに、時刻表を読み込むと、電車の機微や利用者の生活が浮かんでくるという。時刻表でしかできない楽しみ方について、枝久保氏はこう語る。

「ある駅に普通列車、優等列車が何分おきに到着し、優等列車はどの駅に停車して、どの駅を通過するのか。どこの駅で長時間停車し、どこの区間の運転本数が多く、どの区間は少ないのか。時刻表の数字の羅列から、こうした『路線の表情』を知ることができます。時刻表で駅名と時刻を追うだけで、旅行プランを考えることはもちろん、妄想の中で鉄道旅行を楽しむことも可能なのです。さらに、過去の時刻表も見れば、今はない路線や列車も想像でき、当時の運行状況と人の動きを脳内で『再現』できます」(同)

 時刻表を眺めると、現在と過去、場所も関係なく“旅行”することも可能なのだ。

これからも時刻表が生き残る理由

 枝久保氏は「そもそもネットの経路検索と時刻表の役割は違う」と続ける。それはなぜか。

「時刻表は、ある時期の鉄道のダイヤが記録された“データベース”です。対して、一般の人が必要としているのは、どの列車に乗ればいいかという“データ”です。かつて、一般の利用者は、やむを得ずデータベースからデータを探していたわけですが、運転間隔や追い抜きなど運行ダイヤそのものを俯瞰的に見る、つまりデータベース自体を把握したい人にとっては時刻表が必須です。また、統一フォーマットで記録されてきた時刻表は過去との比較も容易なのです」(同)

 また、こうした日本の時刻表文化が、台湾や中国などで評価されるという興味深い動きもある。

「日本鉄道研究団体連合会(日鉄連)」という同人サークルが2010年から発行する「日式台湾時刻表」は、台湾の時刻表を日本風にアレンジした非公式時刻表だが、わかりやすいと好評で現地販売もされている。これに刺激されて、「東南アジア時刻表」や「サハリン・シベリア時刻表」も登場し、16年を最後に雑誌版の発行が終了した中国の時刻表を制作するサークルまで現れている。

時刻表の本質はデータベースという役割にあります。そして、網羅的なデータベースのフォーマットとして、歴史的蓄積のある日本式時刻表が評価されていることが、注目すべき点です。データベースとしての需要が存在する限り、『アプリなどの経路検索に取って代わられるのか』という議論は的外れなのです」(同)

 15年からは、デジタル版の「JR時刻表」が発行されている。“紙”に限らず、時刻表自体に需要がある証拠だ。

「“紙”の時刻表であることに価値があるのではないのです。経路検索という運行情報のデータ化と時刻表のあり方は、決して対立的なものではありません。紙の時刻表は減っていくかもしれませんが、データベースとしての需要がある限り、時刻表はなくならないでしょう」(同)

 データベースとして歴史的資料の側面もある時刻表。鉄道ファンならずとも、書店で手にとって見てはいかがだろうか。

(文=沼澤典史/清談社)

清談社

清談社

せいだんしゃ/紙媒体、WEBメディアの企画、編集、原稿執筆などを手がける編集プロダクション。特徴はオフィスに猫が4匹いること。
株式会社清談社

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