中長期試算では、1)高成長の「成長実現ケース」(2028年度頃の名目GDP成長率が3%超)と、2)低成長の「ベースラインケース」(2028年度頃の名目GDP成長率が3%超)という2つのシナリオについて推計を行っているが、2020年度で216.3%の公債等残高(対GDP)が成長実現ケースでは168.5%、ベースラインケースでは208.1%まで縮小する予測になっている。

しかしながら、これも疑問が多い。これは図表3をみれば一目瞭然である。この図表では、中長期試算における公債等残高(対GDP)に関する過去の予測と実績を比較している。図表が示すとおり、過去(ここ数年)の予測では公債等残高(対GDP)は常に縮小していくと推計していたが、いずれも予測は外れており、公債等残高(対GDP)の実績は増加の一途をたどっている。予測が実績と乖離することは仕方ないが、イギリスやオーストラリア等のように、事後的にその要因分析を行い、モデルや推計方法に関する有識者の意見も取り込みながら、その乖離を縮小するための仕組みが最も重要である。

コロナ対策での財政赤字、考慮されず
このような問題は、基礎的財政収支(PB)の予測でも表れている。例えば、2020年1月版の中長期試算では、成長実現ケース(2028年度頃の名目GDP成長率が3%程度)において、2025年度から2年遅れの2027年度にPB黒字化を達成する試算となっていた。
今回(最新版)の試算で特徴的だったのは、コロナ禍にもかかわらず、その影響は限定的であり、従前の試算と比較しても、財政状況の見通しに大きな変化がない姿になっていることだ。
実際、コロナ禍における今回の試算(2021年1月版)では、2025年度から4年遅れの2029年度に黒字化を達成する試算となっている。以前の試算(2020年1月版)よりも2年遅れになっているが、にわかには信じがたい試算である。
なぜならば、今回のコロナ対策で政府は巨額の財政赤字を計上したためだ。2020年度における国の当初予算(一般会計)は約100.8兆円であったが、第3次補正予算までの編成があり、歳出合計は175.7兆円に膨張した。その結果、2020年度における国・地方の財政赤字は75.7兆円にまで拡大した。当初の予測は22.1兆円であるから、その約3.4倍だ。
コロナ禍でこれから厳しい財政状況が予想される今こそ、政府は正確な情報を国民に提供し、民主主義的なプロセスで改革の方向性について我々が徹底的な議論を行っていく必要がある。その基盤となる情報が正確でなければ、誤った議論を行うことになってしまう可能性があり、日本においても政府が示す試算の信頼性を高めていく努力が求められよう。
(文=小黒一正/法政大学教授)