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江川紹子の「事件ウオッチ」第171回

森氏辞任は“始まり”にすぎない! 今こそ五輪開催の是非についてオープンな議論を…江川紹子の提言

文=江川紹子/ジャーナリスト
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東京五輪・パラリンピック競技大会組織委員会の公式サイトより

 女性蔑視発言で、森喜朗氏が東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の会長辞任に追い込まれた。この一件は、日本にとって大きなダメージと嘆く声もあるが、そうとも言えないように思う。長い目で見れば、森氏は日本社会に大きな貢献をした、とさえ言えるかもしれない。その言動が多くの人の心を刺激し、男女平等についての問題意識を呼び覚まし、世界的潮流に遅れた日本の現状に目を向け、発言や行動を促す結果になったからだ。さらに、後任の会長人事を巡って、「密室政治」にも厳しい目が向けられた。

新会長の選出・就任は、問題の“終わり”ではない

 日本オリンピック委員会(JOC)臨時評議員会での森氏の発言は、その場にいた人たちのウケを狙った“ぶっちゃけトーク”だったのだろう。案の定、その場からは笑いが出た。そのことで、問題は森氏一人にあるのではないことが鮮明になった。JOCに代表されるスポーツ界、さらには今なお日本社会全体に根強く残る、女性蔑視の風潮を浮き彫りにした、と言える。

 とりわけ、その際に使った「わきまえておられる」という表現が、問題を普遍化させるパワーワードとなった。いろいろな場面で、性差や年齢、立場の違いのために不本意な経験をし、屈辱や怒り、不満、反感、悲しみ、疑問を押し殺し、「わきまえ」てきた人たちが、「我がこと」として今回の出来事を受け止めたのだ。

 一時は後任と報じられた川淵三郎氏の“貢献”も無視できない。名前が挙がるとすぐ、川淵氏は取材に応じて、よく語った。森氏から“後継指名”を受諾する意思を見せ、「ベストを尽くしたい」と語ったのみならず、IOCから女性の共同会長を置くことを提案されたが森氏が断ったことや、森氏に相談役を要請して受け入れられたことなどの裏話まで明かした。

 こうした発言は大きく報じられ、「密室人事」との批判を招いた。その結果、組織委の議論を活性化させ、男女半々の会長候補者検討委員会を設置することになった。川淵氏は、「いらんことを話した」と悔やんでいるようだが、落胆することはない。彼のオープンな性格のおかげで、「森院政」と批判をされる事態を避けることができた。これで、組織委も日本の社会も大いに救われた、と思う。

 人々の目が届きにくい「密室」を好むのは、森氏に限らない。

 たとえば山下泰裕JOC会長は、19年6月に会長就任してまもなく、それまで報道陣に公開していた理事会について、「公の場で話せない内容が多く、本音の議論ができない」として、非公開にした。これに反対したのは、山口香、高橋尚子、小谷実可子、山崎浩子の4氏で、いずれも女性だったことは象徴的だ。

 今回の一件は、“五輪の顔”とも言うべき組織委会長の言動とあって、世界に伝えられ、厳しい批判も浴びた。それが日本国内でも報じられ、ジェンダー平等に関してこの国がいかに遅れているか、人々が実感するところとなった。

 それを踏まえて、あとは状況をどう改善していくか、が大事だ。組織委の新会長選出・就任は、本件の終わりではなく、現状を少しでも改善するための始まりにすぎない。

健全な組織作りに失敗した組織委と日本政府

 組織委の武藤敏郎事務総長は、森氏が会長を辞任した理事会・評議員会合同会議後の記者会見で、理事と評議員の女性比率を高めるとしたが、問題はこの組織だけにあるわけではない。

 世界経済フォーラムが発表した2019年ジェンダー・ギャップ指数で、日本は世界の153カ国中121位という最下層にいるが、中でも政治分野は144位と、なんとワースト10入りしている。菅内閣でも、21人の閣僚のうち、女性は2人だけ。各国の国会下院(日本では衆院)または一院制の国で女性議員の割合は、日本は9.9%にすぎず、世界191カ国中165位だ。

 政府は、2020年までに「指導的地位に占める女性の割合」を30%にする目標を立てていたが、目標の時期を2030年に先送りせざるをえなかった。今年の秋までに行われる衆議院総選挙では、各党が女性候補者をどれだけ擁立するのか、とりわけ最大会派である自民党がどれだけの女性候補を立てるのか、注目したい。ここで、菅政権が男女平等や女性の社会参画ジェンダー差別・格差の問題に、どれだけ本気で取り組むつもりなのかが、見えてくるだろう。

 ところで、一部には「マスコミが発言の一部を切り取った」として、森氏を擁護する向きもある。発言全体に目を通したからといって、森氏の女性観についての理解が変わるものでもない。それどころか「発言全体を読めば印象はさらに悪い」(2月13日付産経新聞1面)という評価もある。同感だ。

 あるいは、ラグビーワールドカップの日本招致などのために尽力した実績を称え、人工透析をしながら、今まで東京オリ・パラの実現に情熱を注いできたとして、森氏を擁護する人も少なくない。

 これまでの功績は、大いに称えればよいと思う。しかし、だからといって今回の言動が許容されるものでもなく、批判を「いじめ」や「リンチ」などと同一視するのは不見識と言わざるをえない。

 それに、人工透析に通う83歳の高齢者が、オリ・パラという、多額の税金をつぎ込んだ国家プロジェクトの最高責任者を務め、「余人を持って代えがたい」状態になっていたことは、やはり異常ではないだろうか。

 超高齢化社会を迎えた今、高齢者であっても、できる限り能力を発揮し、大いに活躍し、社会に貢献する機会は確保したい。けれども、80歳を超えれば、それまで元気だった人であっても、体調が急変することはありうる。そうした年齢の人が「余人を持って代えがたい」状況の組織は、いったんコトがあればどう対応するのか。やはり70代のうちに後進を育て、バトンを渡し、その後は後方で支える側に回るのが望ましい。森氏や組織委、日本政府は、健全な組織作りに失敗した。

 その挙げ句に、五輪まで半年を切った時点での辞任となり、混乱を招いた。しかも、こうなった時点でも、すぐに“森頼み”からすぐに脱却できるか分からない。

 自民党の世耕弘成参院幹事長は、コロナ禍の中、各国に選手団を派遣してもらう調整力が必要だとして、「引き続き森氏に何らかの形で力を借りるしかない」と述べた。各国でも批判をされた森氏に、裏でどのような調整を委ねようというのだろうか。そもそも、このコロナ禍に、オリンピックやパラリンピックを開催するのが適切なのか、まずはそれを考えるべきだろう。

五輪開催の是非について開かれた議論を

 時事通信が2月4~7日に行った世論調査では、五輪開催について「再延期すべきだ」が35.3%、「中止すべきだ」が25.8%で、6割超が今夏の開催に反対した。一方、今夏の開催を求める意見は計34.4%にとどまった。内訳は、「観客の数を制限して開催すべきだ」が19.7%、「無観客で開催すべきだ」が11.9%、「観客の数を制限せず開催すべきだ」は2.8%だった。

 読売新聞が2月5~7日に行った世論調査でも、今夏の開催に前向きな意見は36%に留まり、「再延期」「中止」を合わせて61%が今夏の開催に否定的だった。

 開催国の人々の多くが否定的な気持ちを抱いている中で強行する、というのは五輪のあり方としてどうなのだろうか。

 東京都を含め、国内の新型コロナウイルスの新規感染者は減ってはいる。しかし、“自粛疲れ”もあって、一部地域では減少のペースが落ち、「下げ止まり」の傾向が見える。世界でも新規感染者は急速に減少しているが、それは各国がロックダウンで人々の移動を制限する厳しい措置をとっているからだ。

 コロナ禍の中、世界中から約1万5,000人の選手や関係者が集まる五輪は、相当にハイリスクなイベントになる、と指摘されている。来日する選手やコーチは空港から選手村に直行させ、観客数を制限したり、無観客にしたとしても、各国から報道陣が来るのを禁じるわけにはいくまい。世界各地から様々な変異ウイルスが日本に持ち込まれ、秋から冬にかけて一気に感染が広まる可能性も考えられるのではないか。

 ワクチン接種は、ようやく医療従事者を対象に始まるところで、一般市民にはいつになったら行き渡るのか、時期すら示されていない。しかも一部の変異株には、ワクチンの効果を阻害するおそれがある、との報道もある。

 開催中にクラスターが発生し、患者が続出した時に、受け入れる医療体制を確保できるのか、という懸念もある。さらに、会期中は医師300人程度、看護師400人程度を確保し、それぞれ100人程度に、新型コロナウイルス対策に当たってもらう必要があると、橋本聖子五輪担当相は国会で明らかにした。重症者が減らず、医療体制が逼迫していると言われる中、そのような余裕はあるのだろうか。

 そういう心配があるからこそ、今夏の開催に否定的な国民が多いのに、IOCからも、日本政府からも、開催への積極姿勢を示すばかりで国民の不安を払拭する対策や情報は提供されていない。

 ソウル五輪・女子柔道の銅メダリストでJOC理事の山口香さんは、スポーツ・ジャーナリストの近藤隆夫さんのインタビューで、今夏の開催は「厳しい」と述べている。山口さんは、ウイルス感染が拡大していた昨年3月にも、五輪の「延期」を支持する発言をして、山下JOC会長が不快感を示したこともあった。

 このインタビューの中で山口さんは、コロナ禍のような想定外の事態で五輪開催が中止になった場合、違約金は発生するのかどうかという点につき、IOCと東京都との契約内容がオープンにされていない、と指摘している。

「開示されたならば国民の判断材料になります。コロナ対策費と比べてどうなのか、五輪を開催すべきかやめるべきなのかを、お金=税金の観点からも考えることができます。なのに、この部分が国民に知らされていないのはおかしいんですよ」

 まったくその通りだと思う。

 国民に情報を開示し、説明し、どのような状況であれば開催し、あるいは中止をするのか、という議論を、医療関係者も含め、オープンな場で行うべきだ。

 密室で決定し、結論だけを押しつけるようなことは、やめてもらいたい――今回の森氏の一件で、国民のそうした意思は示されたはずである。

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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