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松岡久蔵「空気を読んでる場合じゃない」~【検証・森批判報道3】

えひめ丸沈没から20年、米国と遺体引き上げ交渉した「森喜朗の功績」を抹殺したマスコミ

文=松岡久蔵/ジャーナリスト
えひめ丸沈没から20年、米国と遺体引き上げ交渉した「森喜朗の功績」を抹殺したマスコミの画像1
東京2020オリンピック競技大会公式ウェブサイト」より

 2001年2月10日に愛媛県立宇和島水産高校の実習船えひめ丸がアメリカの原子力潜水艦に衝突されて沈没し、9人が亡くなった事故から20年が経った。この事故には、失言問題で東京五輪・パラリンピック競技大会組織委員会会長を辞任した森喜朗氏が当時の総理として対応に当たったが、「事故を知ってからもゴルフのプレーを続け、初動対応が遅れた」などの批判が殺到。当時も「神の国」発言の「失言」問題で支持率が低迷を極めていた森政権にとどめを刺した。

 しかし、この事故については、森⽒が遺体の引き上げを⽶政府と交渉するなど懸命な努力をしていたことは、新聞、テレビなどの大手メディアに黙殺された。森氏が「非情で無能」という評価を決定づけたこの事故について、本人や、当時の愛媛県知事の証言などから検証していく。

ゴルフプレー継続、当時の秘書官の指示

 森氏について書いた2月6日配信の記事でも触れたが、この事故対応をめぐる森氏への批判がマスコミの偏向報道に基づいたものであることは、もっと知られていい。えひめ丸の事故は、01年2月10日、ハワイ州オアフ島沖で愛媛県宇和島水産高等学校の練習船「えひめ丸」(35名乗船)が、緊急浮上した米原子力潜水艦「クリーンビル」に衝突され沈没、乗員35名中9名(内高校生4名)が行方不明となった凄惨な事故だ。

 事故発生時、森氏は休暇中で横浜でゴルフをプレーしていた。この際の森氏の事故対応をジャーナリストの田原総一朗氏との対談本『日本政治のウラのウラ 証言・政界50年』(講談社)の証言から見ていく。

<森 警察担当の秘書官から電話があって「総理、詳細はまだわかりませんが、ハワイの近くで日本の船が衝突されて死者が出るかもしれない」と連絡してきたんです。その時点でもまだえひめ丸だとはわからない。

──沈没したとは言っていない。

森 「詳細を調査中ですから、そこにいてください」と言われたけれど、何もしないで立っていても邪魔になる。しかも、変な話だけど、ゴルフをしている人たちはぼくの顔を多少は知っている。

──現職の総理大臣なんだから、みんな知っていますよ(笑)。

森 それで、コースの途中で待っているわけにもいかないので、残り三ホールをやったんです。そして、クラブハウスに入ったらマスコミがワーッと詰めかけていた。

 ──官邸から詳細な報告はまだない。

森 クラブハウスに入って初めて、えひめ丸という高校の実習船が沈没したことがわかりました。それで、すぐに官邸に戻ることにして、秘書官とやりとりをしたんです。 「このまますぐ官邸に行ってもいいが、ゴルフウェアを着ているので着替えた方がいいね」「やっぱり着替えた方がいいでしょう」 「オレが行く前に、誰かそっちに着くか」 「福田康夫官房長官が今、向かっています。事務担当の副長官も間もなく到着します」 「じゃあ、洋服を着替えてからでいいかね」 「大丈夫ですから、どうぞ」ということで、世田谷の自宅に寄って着替えてから官邸に行ったんだけど、そうしたら「家に寄ってのんびり着替えて来た」とまたこうなる(笑)。でも、もしゴルフウェアのままで行ったら袋叩きでしょう。まだゴルフをしていた時には肝心な情報が入っておらず、「そこにいろ」というのが担当秘書官の指示だったわけですよ。しかし、そのことを言うと担当秘書官がかわいそうだから言わなかったんですよ。新聞は面白おかしく書いてぼくを叩いたけれど、「まあ、いいや」と思っていました。秘書官はいたく恐縮していましたよ>

 森氏はプロインタビュアーの吉田豪氏の取材にも同じ内容の証言をしている。つまり、氏は「えひめ丸が沈没したのを知っていたのにゴルフをした」のではなく、「船の事故はあったが詳細は不明という情報をもとに、秘書官の『そこにいてください』との指示に従ったため、他のプレーヤーの邪魔にならないように、とりあえずクラブハウス戻るために9番ホールまで3ホール分をプレーした」ということになる。外国籍の船舶が絡む事故は年間数十件の単位で発生しており、詳細がわからなかった以上、残り3ホールを回る判断をしたことを過度に批判するのは酷というものだろう。

 危機管理を直接担当する官房長官が先に到着すると聞いていたのだから、なおさらだ。第2次安倍政権下の13年に発生したアルジェリア人質事件では、当時の安倍晋三首相は外遊中で、当時官房長官だった菅義偉氏(現首相)が、邦人死亡の一報を安倍氏が帰国して国民の前で発表したほうがいいと要請した。重要な外遊を続行したい外務省を押し切って安倍氏は帰国することになるわけだが、このように本来、危機管理は総理ではなくて官房長官の仕事であり、逆に首相がいちいち詳細もわからないのに右往左往しているのは、むしろ危機管理上、問題ですらある。⺠主党政権下の11年に発⽣した福島第⼀原発事故の際、当時の菅直⼈⾸相が急遽現場視察を⾏ったが、国会の原発事故調査委員会の報告書はこの視察を「指揮命令系統の混乱を拡大する結果となった」と結論づけたことを思い起こしてほしい。

米政府に遺体引き上げを交渉

 えひめ丸の事故を語る上で、当時問題となったのは遺体の引き上げ交渉だ。海難事故で米国は沈没船をそのままにするのが鎮魂と考えるのに対し、日本では遺体を引き上げ埋葬することが死者を弔いになるという文化的なギャップがあった。先の対談本から。

<森 あの時、アメリカ側は沈没した船を引き揚げることを認めないと言ってきたので、ぼくは直に交渉した。

──あっ、アメリカは引き揚げるのに反対だった。

森 だから、ぼくはアメリカの日本大使を呼んで、言った。そうしたら、彼が「総理、あなたが引き揚げろと言うのなら、ハワイの真珠湾に沈んだアメリカの艦船を全部引き揚げてくれるのか」と言うわけね。

──パールハーバーの時に沈んだ船がたくさんあると。

 森 その乗組員の骨や遺品を全部拾ってくれるのかという話まで出たんです。彼らには遺体を引き揚げて弔う感覚はないんだな。「われわれは船が沈んだら、そのまま鎮魂をして海底に眠らせる」と言うんです。

──アメリカはそうなんだ。

森 だから、ぼくは「冷たい海にいつまでも放置しておいたらかわいそうだから、速く引き揚げて荼毘に付すというのが日本人の心です。まして、今回は高校生だ」と言ったんです。アメリカはまだ土葬が多く、日本は火葬がほとんどなので、そういう文化の違いがあるんだと思いますが、そこでなかなか話がまとまらない。それで「引き揚げにかかる費用はすべて日本側が持つから、引き揚げについてだけは認めてくれ」という話をして、やっとアメリカ側もOKしたんです>

 当時の⽶政府が引き揚げを拒んだことは事実であり、⽇本政府側の強い要請により引き上げが実現した。当時の外務政務官として現場に派遣された桜⽥義孝衆議が「捜索を打ち切ると⾔われたから断ると⾔ってやった」と報道陣にたんかを切ったことが伝えられていることからもそれがわかる。

元愛媛県知事の森擁護発言をマスゴミは黙殺

 当時、森氏と事故対応に当たり、昨年3月に亡くなった故加戸守行元愛媛県知事が、ジャーナリストの櫻井よし子氏の取材に応じて以下のように語っている。『朝⽇リスク 暴⾛する報道権⼒が⺠主主義を壊す 』(産経新聞出版)から。

<事故が起きた時、森総理は登庁されてすぐに愛媛県知事である私に電話を入れてくださった。森先生は私を加戸ちゃんと呼ぶのですが、「加戸ちゃん、とにかく何でもやるから言ってくれよな」と連絡をくださったわけです。

 さらに、その後、森総理は訪米された。ブッシュ大統領が着任二カ月くらいの時でいろんな懸案事項があったわけですが、その冒頭にえひめ丸の引き上げだけはぜひ頼むと言って頑張ってくださった>

 加戸氏の証言にもあるように、森氏は発足後間もないブッシュ政権に交渉するために渡米し、えひめ丸事故対応を両政府の最重要事項として取り組むと01年3月19日の共同声明の冒頭に盛り込んでおり、これは首脳外交の成果といえるだろう。

 客観的な成果だけを見れば、森氏は全体のリーダーシップや調整能力を発揮しており、少なくとも無能とはいいがたい。「神の国発言」などで悪役のイメージを強固にされた森氏は、マスコミにとっては「どんな手段を使っても叩いていい対象」となっており、偏向報道が実績の正確な評価の障害となったことは疑い得ない。さらに加戸氏の証言。

<こういうこと(筆者注・森氏が事故対応にあたったこと)を、私は在職中にぶら下がりでも、愛媛県庁の記者会見でも何回も何回も言ったのですが、一行も報道するところがありませんでした。これが今にして思うと「報道しない自由」だったのだと今回、気がつきました。

 ゴルフをして笑っている森総理の悪いイメージだけを流す。愛媛のために、えひめ丸のために森総理が最善を尽くしている姿は一切報じない。愛媛県知事が記者会見で話したことは一行も報道されない。日本というのは、恐ろしい国だなと、当時思いました>

 これは今の森氏を取り巻く状況とまったく同じである。新聞やテレビなど大マスコミは森氏の実績や発言の意図、世代間のギャップなどのさまざまな要素を勘案せず、表面的な言葉の切り取りに終始し、「森が悪い」という結論に世論をコントロールしようとする。擁護する意見は少なくともメジャー媒体からは排除される。加戸氏が感じた恐怖は筆者も共有する。

森氏後任の橋本聖子氏では荷が重い

 現在、森氏の後任の組織委会長人事が混迷を極めている。元日本サッカー協会会長の川渕三郎氏は当初受諾したものの、「選考プロセスが透明性に欠ける」との批判があり、一転辞退。その後は橋本聖⼦東京五輪担当相が会⻑となることが18日に決まったが、正直いって橋本⽒には荷が重すぎる。

 以前の記事にも書いたが、組織委会長ポストは中央と地方の政界、財界など各方面に顔が効いて調整力がある人間しか務まらない非常に難易度の高いポストであり、政治経験の浅い人物がこなすことはまず不可能だ。パフォーマンスだけで東京五輪の進行の邪魔しかしたことがなく、ミソがついた五輪の責任を回避することしか頭にない小池百合子東京都知事と渡り合う度量や交渉力も必要になる。

 橋本⽒の⽴場からいっても、会⻑職に就く以上、⼤⾂を辞職し、政治的中立性を保つために⾃⺠党も離党しなければならず、もし五輪が中⽌になった場合は一般人として放り出されるのだから、大変なリスクを負うことになる。はっきり⾔って、組織委会⻑は森⽒以外には適任はいない。ただ、それがもはやかなわない以上、当然、森⽒が相談役的な立場でサポートするのが現実的だが、それも「院政」「私物化」と叩かれればどうしようもない。橋本氏のスキャンダルが出てくるなどすれば、再度の会長交代もありうる。

 こうなってくると、五輪の中⽌がいよいよ現実味を帯びてくるが、それはこれまでにかかった数兆円単位の準備費がすべてパアになることを意味する。コロナ禍のストレスを発散したいだけの、⾔葉の切り取りで⻤の⾸をとったかのように騒ぐ表⾯的な世論が高まり、無報酬で7年間も(約1億7000万円に相当)五輪開催に尽くしたがん患者の83歳の老人をクビにした日本国民全体の責任だから、誰も責めようがない。

 筆者は組織委事務局を通じて森氏にインタビューを申し込んだが、残念ながら実現しなかった。ただ、日本の政治家として最も報道の暴力を受けてきた被害者の証言を、切り取りなし、無制限の分量で、記録させていただきたいと考えており、これからも依頼し続けるつもりだ。

(文=松岡久蔵/ジャーナリスト)

松岡久蔵/ジャーナリスト

松岡久蔵/ジャーナリスト

 記者クラブ問題や防衛、航空、自動車などを幅広くカバー。特技は相撲の猫じゃらし。現代ビジネスや⽂春オンライン、東洋経済オンラインなどにも寄稿している。
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Twitter:@kyuzo_matsuoka

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