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小黒一正教授の「半歩先を読む経済教室」

コロナ危機脱却のカギを握るワクチン接種 ― 経済正常化の原動力になるか ―

文=小黒一正/法政大学教授
コロナ危機脱却のカギを握るワクチン接種 ― 経済正常化の原動力になるか ―の画像1
厚生労働省 HP」より

 先般(2021年2月15日)、内閣府は四半期別のGDP速報(2020年10月―12月期・1次速報)を公表した。この1次速報では、昨年(2020年)一年間の名目GDPは539.3兆円となる。2019年の名目GDPが561.3兆円であるから、2019年と比較して2020年の名目GDPは約22兆円の落ち込みとなると予想される。

コロナ危機脱却のカギを握るワクチン接種 ― 経済正常化の原動力になるか ―の画像2

 これは予想以上の回復スピードである。2020年夏頃の速報では、2020年4月―6月期における年率換算の名目GDP(季節調整済み)は510.6兆円であり、2019年と比較して、4月―6月期の落ち込みは約50兆円もあったからである。既述の1次速報のデータが正しい場合、マクロ的に日本経済は予想以上のスピードで回復している姿を示す。

 すなわち、今回のコロナ危機における経済ショックの底が2020年4月―6月期であることは確実であり、2021年1月からの緊急事態宣言の影響が一時的に懸念されるものの、マクロ的に今後は2019年のGDP水準を取り戻す方向に概ね進むことは間違いない。

 このような状況のなか、2021年2月17日からファイザー製のワクチン接種が開始された。感染症対策の基本は検査・追跡・隔離だが、これはワクチンという新たな武器を我々が手にしたことを意味する。

 では、コロナ禍における景気回復の方向性をより確かなものにするため、ワクチン接種による集団免疫の達成を一つの目標にすると、1日の接種を何万件のペースで行う必要があるのか。ワクチンの効果や副作用に一定の不確実性が残るなかで過度な期待は禁物だが、今回のコラムでは、この問題に対する暫定的な試算を紹介することにしたい。

試算の前提を整理

 まず前提を整理しよう。そもそもワクチンの効果には、(1)発症予防効果、(2)重症化予防効果、(3)感染予防効果といったものがある。発症予防効果とはワクチン接種後にCOVID-19に感染しても(偽薬を接種したグループとの比較で)その発症を抑制できる割合をいい、重症化予防効果とは発症後の重症化を抑制できる割合をいう。ファイザー製のワクチンでは発症予防効果は95%、重症化予防効果は89%という論文報告が存在する(注1)。

 他方、ワクチンを接種してもCOVID-19に感染する可能性があるが、接種後に感染しても他者への感染を抑制する効果をもつケースがある。これはワクチンが感染抑制という「正の外部性」をもつことを意味するが、ワクチン接種後に感染が抑制できる割合を感染予防効果という。無症候感染に対する有効性として、現在のところファイザー製のデータがない。モデルナ製の感染予防効果は63%という論文報告が存在する(注2)。一般的に感染予防効果は30%-60%といわれており、このコラムの試算では感染予防効果を40%と仮定する。

 また、ワクチン効果の継続期間のほか、集団免疫の閾値が人口の何%なのかという前提も重要だ。このうち、ワクチン効果の継続期間としては、2021年2月6日における共同通信の記事が参考となる。この記事では、COVID-19に感染後、「ウイルスを排除するよう働く免疫の記憶は少なくとも6~8カ月間持続するとの研究結果が、6日までに欧米の主要科学誌に相次いで報告」されており、「ワクチン接種後、効果が同程度の期間続くと期待される」としている。このため、このコラムの試算では、ワクチン効果の継続期間は8カ月と仮定する。

 最後に、集団免疫の閾値についての前提だが、これは「東洋経済オンライン」記事「8割おじさん・西浦教授が語る『コロナ新事実』」(2020年5月26日)が参考となる。この記事では、ある研究論文の成果を紹介し、年齢別の異質性を考慮すると、「集団免疫率は40%程度(基本再生産数2.5のとき)で済む」と指摘している。

1日に必要なワクチン接種の件数

 以上の前提の下、ワクチン接種による集団免疫の達成を一つの目標にする場合、1日のワクチン接種を何万件のペースで行う必要があるのか、試算してみよう。

 まず、いま1日にX万人のワクチン接種を行い、ワクチン効果はZ日しか継続しないとする。このとき、Z日後のワクチン接種者の総数は(X・Z)万人となる。このうち、ワクチンの感染予防効果がG%であると、感染予防効果をもつ接種者の総数は(X・Z・G/100)万人となる。

 他方、集団免疫の閾値が人口のY %とすると、ワクチン接種で人口1.2億人が集団免疫を獲得するのに必要な接種者の総数は(120・Y)万人以上となるので、集団免疫を獲得するための条件は「X・Z・G/100≧120・Y」となる。この条件は、「X≧12000・Y/(G・Z)」とも表現できる(注3)。

 すでに議論したとおり、例えば、G=40、Y=40、Z=240(8カ月)とすると、この条件は「X≧50」となり、1日のワクチン接種を50万件以上のペースで行う必要性を示唆する。マレーシアでは1年以内に国民の80%にワクチンを接種する目標を掲げているが、50万件という試算はこの目標に近い。例えば、仮に日本でも1年以内に国民の100%が1回の接種を完了する場合、1日平均33万件(=12000万人×1回÷365日)のペースでワクチン接種を行う必要がある。ただ、50万件という試算はワクチン接種が1回で効果をもつ場合であり、ワクチンが効果を発揮するために2回の接種が必要な場合、集団免疫を獲得する条件は「X≧100」となり、1日のワクチン接種を100万件以上のペースで行う必要がある。

 もっとも、以上の試算は暫定的なものであり、当然ながら、試算の前提が変われば結果も変化するという留意も重要である。また、ワクチン接種の目的についても議論を深める必要がある。上記の試算では、ワクチン接種によって集団免疫を達成することを第一の目的にしたが、別の目的も考えられる。例えば、ワクチン接種では発症予防効果や重症化予防効果もあり、当面の間、高齢者や基礎疾患をもつ人々の発症や重症化を防ぐことを第一の目的とするならば、1日に100万件ものスピードでワクチン接種を行う必要はない。むしろワクチンの供給量や接種体制に一定の限界がある状況では、まずは重症化予防を第一の目的とするのが自然であろう。

 しかも、生命の反応は複雑であり、現時点ではワクチン接種による副作用には一定の不確実性が存在することも忘れてはいけない。この関係では、政府はワクチン接種の効果や副作用などの情報伝達をしっかり行い、ワクチン接種における個人の選択を尊重しながら、慎重に接種を進める視点も重要となる(注4)。

 いずれにせよ、個人の選択を尊重しながら進めることが前提だが、これからワクチン接種が拡大していけば、接種を受けた人々を中心として、コロナ禍で制約されていた我々の経済社会活動の幅が広がることは明らかである。それは2020年4月―6月期を底に回復しつつある日本経済の成長をマクロ的に後押しすることを意味し、ファイザーやモデルナ等のワクチンがコロナ危機を脱却するゲーム・チェンジャーとしての役割を期待されるのは確かであろう。

(文=小黒一正/法政大学教授)

注1・注2)以下の論文を参照せよ。

・Fernando P. Polack, et al. (2020) “Safety and Efficacy of the BNT162b2 mRNA Covid-19 Vaccine,” The New England Journal of Medicine 383, pp.2603-2615.

・Lindsey R. Baden, et al. (2021) “Efficacy and Safety of the mRNA-1273 SARS-CoV-2 Vaccine,” The New England Journal of Medicine 384, pp.403-416.

・Merryn Voysey, et al. (2021) “Safety and efficacy of the ChAdOx1 nCoV-19 vaccine (AZD1222) against SARS-CoV-2: an interim analysis of four randomised controlled trials in Brazil, South Africa, and the UK,” The Lancet 397, pp.99–111.

なお、2021年2月24日公開の以下の論文では、ファイザー製ワクチンの感染予防効果を92%と報告しているが、過大評価の可能性がある。イギリスやブラジルではより精緻なデザインで試験が行われており、スワブに検出するウイルス量等を比較すると、感染予防効果は50-60%との中間報告がある。

・Noa Dagan, et al. (2021) “BNT162b2 mRNA Covid-19 Vaccine in a Nationwide Mass Vaccination Setting,” The New England Journal of Medicine

https://www.nejm.org/doi/metrics/10.1056/NEJMoa2101765

注3)感染予防効果が集団免疫閾値未満のケースでは、そもそも集団免疫は形成できない可能性がある。証明は簡単で、例えば、1日で国民全員がワクチン接種をしたとしよう。このとき、感染予防効果をもつ接種者の総数は(120・G)万人が上限となる。このため、集団免疫を獲得するための条件は「120・G≧120・Y」、すなわち「G≧Y」となるが、これは「G<Y」に矛盾する。

注4)衆議院予算委員会(2021年2月19日)において、田村憲久厚生労働大臣はCOVID-19のワクチン接種後に副作用で死亡した場合、一時金で遺族に4420万円を支払うと説明している。

小黒一正/法政大学教授

小黒一正/法政大学教授

法政大学経済学部教授。1974年生まれ。


京都大学理学部卒業、一橋大学大学院経済学研究科博士課程修了(経済学博士)。


1997年 大蔵省(現財務省)入省後、大臣官房文書課法令審査官補、関税局監視課総括補佐、財務省財務総合政策研究所主任研究官、一橋大学経済研究所准教授などを経て、2015年4月から現職。財務省財務総合政策研究所上席客員研究員、経済産業研究所コンサルティングフェロー。会計検査院特別調査職。日本財政学会理事、鹿島平和研究所理事、新時代戦略研究所理事、キャノングローバル戦略研究所主任研究員。専門は公共経済学。


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