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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

クラシックの世界に根づく不思議な慣習…なぜ指揮者は下手(左側)から登場する?

文=篠崎靖男/指揮者
クラシックの世界に根づく不思議な慣習…なぜ指揮者は下手(左側)から登場する?の画像1
「Getty Images」より

 朝一番に家を出て、ご近所の方にお会いしたときにあいさつをすると、その一日が良いものになるような気がします。ところで、「おはようございます」は、いったい何時くらいまで使えるあいさつ言葉なのでしょうか。

 10時くらいになれば、ちょっと使いづらくなってきますし、11時になっているのに「おはようございます」は相手から見たら「この人、朝は遅く起きる生活を送っているのではないか?」と思われるに違いありません。さらに、昼も随分過ぎているにもかかわらず、「おはようございます」という人がいれば、それは音楽家か、業界関係者か、飲食関係者の可能性が高いでしょう。

 クラシックの世界では、夜のコンサート直前のリハーサルは15時くらいから始まることが多いのですが、余裕を持って14時半くらいに入るのが僕のスタイルです。もちろん、1時間前に来る指揮者もいれば、5分前に飛び込んできてスタッフをハラハラさせる指揮者もいます。しかし時間は異なっても、同様に「おはようございます」と言ってホール入りします。もちろん、これは指揮者だけではなく、オーケストラの楽員から事務局員、ホールスタッフに共通の習慣で、たとえば19時に会っても「おはようございます」です。

 日本では、舞台関係全般、芸能界、ポップス音楽関係に至るまで、同じあいさつの習慣だそうですが、どのようにしてそうなったのかについては、諸説あります。なかでも、「こんにちは」「こんばんは」は敬語ではないので目上の人に対して使いにくいため、一日中「おはようございます」と言えばよいとなった説と、歌舞伎の世界で、早く楽屋入りしている役者に対して裏方が「お早いお着き、ご苦労様です」とかけるねぎらいの言葉が変化して「おはようございます」となった説の2つが有力だそうです。

 僕は、業界関係者は深夜まで仕事があったりするので、時間が不定期で、夜でも寝起きの人がいるために、いつでも「おはようございます」と言うようになった説も面白いと思いますが、やはり「おはようございます」しかあいさつの敬語がないという説が一番しっくりきます。

上手(かみて)と下手(しもて)の慣習

 他方、西洋の音楽を演奏する日本のオーケストラでも、言葉遣いは結構日本的で、あえて古臭い言葉を使います。たとえば、ステージは、観客から見て右側を「上手(かみて)」、左側を「下手(しもて)」と呼びます。これは昔から日本の舞台で、身分の高い役は上手、低い役は下手に立つという暗黙のルールがあるからです。宴席の上座と下座という言葉に似ています。

 この感覚ですが、似たようなことがビジネスの場面でもあるのではないでしょうか。仕事相手とのミーティングで上司と同席した場合は、左側に上司に座ってもらう「左上位」が日本では常識で、仕事相手から見ると右側、つまりは上手に上司が座っていることになります。なんと、この習慣は飛鳥時代から受け継がれた礼法の基本だそうです。ここまで来れば、日本人のDNAに組み込まれているかもしれません。

 そう考えながらバラエティ番組を見ていると、出演者は上手に、司会者は下手に配置することが多いように思います。日曜日の夕方に放送されている『笑点』(日本テレビ系)などは典型的です。しかし、番組のメインともなる有名タレントが司会者の場合は上手にいたりするので、そのあたりも番組制作者の大事な演出なのかもしれません。人気テレビ番組『行列のできる法律相談所』(日本テレビ系)などは、人気司会者が上手から下手にいるひな壇タレントをいじり、弁護士軍団に判定を下させるときには、カメラワークが下手に司会者、上手は弁護士と変わり、弁護士の判断を高める演出をつくり上げています。

 上手・下手は、演出サイドにとっては、とても大事な要素なので、時には真ん中に司会者が立ち、両サイドに出演者となる場合がありますが、あえて変則的にして印象を高める演出でしょう。司会者と出演者の境界線があいまいになる面白さだと僕は思います。どうして指揮者がこんな話をするのかといえば、歌劇の演出にも共通しているように感じるからです。

 翻って、この上手と下手、つまりは右側と左側ですが、心理学的には国籍、性別、利き腕に関係なく、人間はモノを左側から右側に見ていく傾向があるといわれています。たとえば、書店で本を選んだり、洋服を買う際にも、左側から見ていくのが自然だそうです。しかも、ある心理学者の実験によると、最後に見たもの(右側)に対する関心が一番高くなるとの研究結果が出たそうです。つまりは、上手に立っている人物が一番印象強く感じるといえます。

 そんな人間の心理から、商品のプレゼンテーションをする場合には、たくさんのサンプルを並べ、相手から見て左端の商品から順々に紹介し、最後に説明する右端に本命の商品を置いておくのもテクニックだそうです。確かに、僕が主催者にプログラムを提案する場合、最後にとっておきの案を紹介すると、強く関心を持ってもらえる気がします。

 さて、指揮者がステージに上がる際には、下手(左側)から登場して上手方向(右方向)に移動し、舞台中央にある指揮台に到達します。観客の視線も左から右側に自然と動いて、一番関心が高くなった時に、指揮台に上がることになるのかもしれません。そういえば、歌舞伎の世界でも花道は下手にあり、人気役者が少しずつ上手の方向に動き、舞台に近づくにつれ、観客も盛り上がっていくように思います。
(文=篠崎靖男/指揮者)

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

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