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ワンオクTaka、マイファスHiroの“両親問題”論考…森進一の裁判、森昌子の引退

文=ミゾロギ・ダイスケ
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子宝に恵まれた“森森カップル”は3人の男の子を育てた。その長男がワンオクのTaka、三男がマイファスのHiroである。画像は、2017年に発売された森昌子著『母親力 息子を「メシが食える男」に育てる』(SB新書)。

 

本格演歌歌手として不動の地位を確立、女優としては裏番組の『北の国から』を追い込む

 1977年に高校を卒業した頃から、森昌子は本格演歌歌手として活動を開始する。山口百恵が引退し、桜田淳子の歌手活動が停滞していた1981年には、23歳にして『紅白歌合戦』で紅組トリを務めるなど、実力派として確固たる地位を確立。「日本レコード大賞」最優秀歌唱賞を受賞した1983年の『越冬つばめ』は、今でもカラオケ人気の高い彼女の代表曲となった。

 また、芝居も手堅くこなし、映画『どんぐりッ子』(1976年)、『お嫁にゆきます』(1978年)、テレビドラマ『想い出づくり。』(TBS系/1981年)などに主演。特に山田太一脚本で、古手川祐子、田中裕子、柴田恭兵と共演した『想い出づくり。』は、名作ドラマとして名高い。のちにヒットシリーズとなる倉本聰脚本の『北の国から』(フジテレビ系)はこの番組と同時間帯に放送されていたため、当初は視聴率面で苦戦を強いられていた。

Taka、Hiroの両親の結婚披露宴中継のまさかの視聴率、夫婦デュエット活動が引き起こした悲劇

 森進一と森昌子が結婚したのは、1986年のことである。

 70~80年代はテレビの歌番組の全盛期であり、共演することが多かった人気歌手の2人の関係は、いつの間にか恋愛関係に発展したのだ。80年代当時、山口百恵&三浦友和、松田聖子&神田正輝など芸能人カップルの結婚披露宴中継がいずれも高視聴率を稼いでいたことから、2人の華燭の典も日本テレビ系のゴールデンタイムで中継された。その視聴率は、45.3%という驚異的なものだった。なお、結婚を機に森昌子は、事実上の引退状態になった。

“森森カップル”と呼ばれた夫妻は子宝に恵まれた。結婚から2年後の4月17日に第一子、つまりTakaが誕生。その後も2人の男児を授かり、そのうち三男に当たるのが、Hiro(1994年1月25日生まれ)である。

 森昌子が歌手復帰を果たしたのは、Takaが中学生になった2001年のこと。この年の大晦日に、16年ぶりに『紅白歌合戦』に出場。これをきっかけに、翌年から森進一とデュエット曲を歌うなど、夫婦でコンサート活動を行うようになる。なお、当時ジャニーズ事務所に所属していたTakaがNEWSのメンバーとして歌手デビューしたものの、短期間でグループを脱退したのは、母親の復帰後の2003年のことである。

 そろって芸能活動を行い夫婦円満に見えた森進一と森昌子だが、結婚19年目の2005年に、離婚という結末を迎えることになる。これについては、仕事を通じて意見の食い違いが生じるようになり関係が悪化したと報道されている。なお2005年は、ジャニーズ事務所を離れたTakaがONE OK ROCKを結成した年で、Hiroはまだ11歳だった。

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森夫妻の長男で、ONE OK ROCK(ワンオク)のボーカルとして国内外で活躍中のTaka。本人の公式Instagramより。

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