松崎のり子「誰が貯めに金は成る」

PayPayに給料が振り込まれる時代へ…デジタル給与解禁で何が変わる?メリットと懸念点

「gettyimages」より

 ヤフーは今年の新入社員を含む全国の正社員、契約社員、嘱託社員全約7800名に対し、リモートワーク用の通信費補助を月5000円に増額し、さらに4月1日に「働く環境応援資金」として5万円相当を支給すると発表した。

 後者は、仕事環境を整えるため新たに机や椅子・PC周辺機器を購入したり、健康維持のためにエクササイズグッズを揃えたりする際の費用ということだが、注目すべきは現金支給ではなく「PayPayマネーライト」で付与されるという点だ。これは、スマホ決済アプリ「PayPay」の支払いに使える残高で、店舗で買い物をしたり、一部の公共料金の支払いなどに使える。ヤフーのECサービスで使うことも可能だ。

 ただし、PayPayマネーライト自体は現金として出金することはできない。支払いにしか使えない電子マネーなので、ヤフー側としては自社サービスで使ってもらうもよし、PayPayを導入している加盟店で消費してもらうもよし、社員としても使えばポイント還元もあるからまあいいかという、三方よしの妙案と言えよう。

 さすがネット企業のヤフー、と感心している場合ではない。これは、今年の春から解禁される「デジタル給与」の実証モデルでもあるのだ。我々の給与の一部が、PayPay残高で支払われる日が近々来るかもしれない――そういう話である。

デジタル給与のメリットとは?

「デジタル給与」とは、一口に言えば現金ではなく、デジタルマネーで給与を支払うことだ。現在は働く人のほとんどが、銀行口座への振り込みで給与を受け取っていることだろう。そこから住宅ローンや光熱費や通信費の引き落とし、クレジットカードの決済、そして積立預金等をしているはずだ。こうして銀行は個人のお金の流れを一手に握ってきた。

 しかし、昨今、働き方は多様化し、副業でメインの勤め先以外からの給与を受け取る人も増えてきている。また、政府が後押ししてきたキャッシュレス化がコロナ禍で加速している実態もある。公正取引委員会が昨年行った調査では、もしコード決済事業者のアカウントに対して賃金の支払いが行えるようになったら、約4割の利用者が自分のアカウントへの振り込みを検討すると回答している。デジタルマネーへのニーズはある、と政府は見ているわけだ。

 給与をデジタルにすることのメリットは、次のような点だ。現金を下ろすために銀行に足を運んだり、ATMに並ばずに済むし、休日でも引き出し手数料がかからずに済む。決済アプリにチャージする手間もなく、支払いに応じたポイント付与も期待できる。履歴が残るので使ったお金の管理が楽、家計簿アプリとの連携もしやすいという、デジタルならではの優位性も挙げられるだろう。

 また、副業や短期アルバイトの場合、報酬が支払われるまで時間がかかることもあるが、デジタルマネーなら企業側の処理が早くなるのでは、とも期待されている。

 とはいえ、PayPayやメルペイなどのアプリに毎月の給与がまるまる入金されるわけでもない。実際には、労働者の希望に応じ給与の一部をデジタルマネー払い、というのが現実的だろう。決済業者が会員として参加しているフィンテック協会が開いた記者勉強会では、「まずは小遣い相当の金額をデジタル払いで受け取るというスタートではないか」という話が出ていた。デジタルマネーの場合、残高に利息が付かない。多額の金額をそこで保有していても利用者メリットは小さいだろうし、セキュリティ的にも問題があるだろう。

国がデジタルマネーを推進する理由

 降って湧いたようなデジタル給与だが、国にもそれなりの思惑があるようだ。もともとキャッシュレス推進は悲願であり、決済のデジタル化が進めば、そのインフラや購買データを利用した消費喚起がしやすくなる。先のヤフーの例ではないが、デジタル給与として決済アプリに振り込まれたお金は、出金したり貯蓄に回すよりは、そのまま消費に使われるだろう。

 加えて、マイナポイント事業のような景気刺激策もスムーズだ。コロナ禍で打ち出されたような給付金の受け取りや、Go To キャンペーンのデジタルクーポン付与にも使える。

 さらに、働き手として来日する外国人にもメリットがあるという。言葉の壁だけでなく、口座開設までに時間を要したり、海外送金にかかる手数料が比較的高額だったりと、日本の銀行に慣れていない外国人にはハードルがいくつもある。デジタル給与ならアカウントをつくる手続きはオンラインで完結するし、送金も容易になる。今でこそコロナで人の行き来が制限されているが、入国が全面解除され、以前のように多くの外国人労働者や留学生を受け入れるようになれば、デジタルマネー払いの需要はかなりあるのではないか。

 働き手も働き方も多様化する未来を俯瞰すると、低コストでスピーディに給与のやり取りができるデジタルインフラの整備は欠かせないわけだ。

セキュリティや補償などの課題も山積み

 先にも書いたように、現実的には給料全額がデジタルマネーで支給されることはないだろう。とはいえ、受け取る側の我々としては便利になるばかりとも言えない。もし、デジタル給与が第三者に不正利用されてしまったら、アカウントが乗っ取られたら、決済アプリの事業者が潰れたら、お金はどうなる? これらの「いざというとき」が解決されることが急務だろう。

 デジタル給与の受け皿になるのは、PayPayやメルペイなどが登録する資金移動業者となる。銀行のように一律の補償体制が設けられているわけではなく、経営基盤もバラバラだ。厚生労働省の労働政策審議会では、不正利用への補償体制や事業者が破綻した際の対応策について議論されている最中で、給与を受け取る労働者を守るための仕組みづくりに期待したい。

 しかし、現実に「ドコモ口座事件」のような、銀行口座からデジタルマネー残高へ勝手に資金移動されてしまう不正チャージは何度も起きている。残念ながら、犯罪者集団の方がよっぽどデジタル強者で頭が切れることは間違いない。決済業者も銀行側も何段階もの本人確認体制で対抗しているが、あまりやりすぎると、今度は利便性が損なわれる。

 筆者も、使っている複数の決済アプリすべてで本人認証を行うくらいなら、ATMで現金を下ろしてその都度チャージするほうが手間がないとさえ思ってしまう。結局、現金の方が便利だよね、となっては本末転倒だ。

 また、スマホの紛失にも注意が必要だ。これまではショップや電話ですぐに対応できたが、各携帯会社が出してきた格安プランはサポートはオンラインのみ。もし、これらのプランへの乗り換えを考えているなら、いざスマホの紛失や盗難に遭った際の手続きについては確認しておいた方がいい。

 デジタル社会になればなるほど、実は自分でやるべきことが増えていく。スマホの管理、IDやパスワードの管理、利用履歴や残高の確認など、人に任せられないことばかりだ。もし、あなたの勤め先にデジタル給与が導入されたとしても、当分は1~2万円程度までにしてもらった方がいいかもしれない。

 そもそも、そんなことにかけるコストがあるなら、1円でも給料を上げてくれよ、という声も聞こえてきそうではあるが。

(文=松崎のり子/消費経済ジャーナリスト)

松崎のり子/消費経済ジャーナリスト

消費経済ジャーナリスト。生活情報誌等の雑誌編集者として20年以上、マネー記事を担当。「貯め上手な人」「貯められない人」の家計とライフスタイルを取材・分析した経験から、貯蓄成功のポイントは貯め方よりお金の使い方にあるとの視点で、貯蓄・節約アドバイスを行う。また、節約愛好家「激★やす子」のペンネームでも活躍中。著書に『お金の常識が変わる 貯まる技術』(総合法令出版)。
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Twitter:@geki_yasuko

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