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日本の消された領土問題・北方領土、返還は絶望的…ロシア、交渉の意思すらなし

写真・文=粟野仁雄/ジャーナリスト
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令和3年 北方領土返還要求全国大会に寄せられた菅首相のビデオメッセージ(内閣府HPより)

 もう北方領土交渉というものは消えたのか――。

 新聞報道などによれば、ロシアのプーチン大統領は2月14日に公開された露メディア幹部とのインタビューで「日本との関係は発展させたいが、ロシア憲法に反することは行わない」と述べたという。昨年7月にロシアは改正憲法に「領土の割譲禁止」を盛り込んだ。同大統領が憲法を盾に日ロ関係の考えを示したのは初めてだが、事実上、日本への北方領土引き渡しを拒否したと見られ、領土交渉の実現はもはや絶望的なレベルになってしまった。

 改正憲法は「領土の割譲に向けた行為やその呼びかけは認められない」とする一方で、国境の策定は除外するとの項目もあるため、日本では「領土交渉はできる」との楽観論もある。しかし、国境画定とは歴史的に国境が決まっていない地域の境界線を策定すること。ロシアは北方4島について「第二次大戦後に正当にロシアの領土になった」としており、改正憲法が例外とする範疇に入らない。

 日ロ交渉について聞かれたプーチン大統領は「ラブロフ外相に聞いてほしい。どこで国境画定作業が行われているか説明してくれるだろう」と言っただけで、およそ領土交渉をするつもりはなさそうだ。最近の日ロ交渉で同外相が言っていた「領土問題は話し合っていない」という言葉は既成事実化してしまった。メドベージェフ前首相は2月1日のインタビューで「我々には領土の主権を引き渡す交渉をする権限がない」とも発言している。

 とはいえ、これらの発言はある程度は「国内向け」だろう。一時期、人気が凋落していたプーチン大統領は2014年のクリミア併合で人気がV字回復した。反プーチンの動きが強まる今、「領土を絶対に他国へ渡さない」という姿勢が再び切り札になっているようだ。

 一方で、対日強硬派とされるラブロフ外相は「1956年の日ソ共同宣言は有効」と明言している。平和条約締結後に色丹島と歯舞群島を日本に引き渡すことを明記した宣言だ。プーチン大統領としては、領土交渉の可能性を完全に否定してしまえば、日本から4島への投資拡大などが期待できなくなる。領土問題を棚上げにしたままで、経済関係だけで日本から利益を得たい。こうした戦略の下地をつくってしまったのが、外務省をソデにして経産省主導で4島での経済交流ばかりを前面に出してしまった安倍外交である。

菅政権、具体的な対応は「なし」

 プーチン発言について加藤勝信官房長官は15日の記者会見で、「引き続き粘り強く取り組みたい」としただけで具体的な対応は何も明かさない。明かさないというより、「ない」のだろう。北方領土交渉を菅政権になってどう進めるのかは、さっぱりわからない。

「千島歯舞諸島居住者連盟」根室支部長で国後島出身の宮谷内亮一さん(78)は、「北方領土問題と国内問題を絡めるのは疑問。これまで積み上げてきたものをないがしろにする発言だ」と怒る。さらに「日本で政権が代わってから領土問題に対する発信力や熱意が伝わってこない」ともどかしそうだ。 

 プーチン大統領の「絶望的発言」を受けて、筑波大学の中村逸郎教授(ロシア史)は2月20日に『教えて!ニュースライブ 正義のミカタ』(テレビ朝日系)に出演し、領土返還について「今がチャンス」と語った。「暴君になり果てた」(中村氏)プーチン大統領が歴史上のロシアの独裁者同様、暗殺されるなどしてロシアがソ連崩壊後の混乱のようになればチャンスだという。

 北方領土返還については「1991年にソ連が崩壊して経済混乱に陥っていた時がチャンスだった」という声は強い。エリツィン大統領時代、ルーブル紙幣は紙屑同然になった上、北方四島が大地震に見舞われた。日本の経済支援や人道支援で「ロシアではなく日本になりたい」と望むロシア人も多かった。当時、橋本龍太郎首相がエリツィン大統領と釣りを楽しむ姿をアピールした1997年の「クラスノヤルスク会談」などで、返還に向けて日本国民に大いに期待させていた。「1993年の東京宣言に基づき、平和条約を締結し2000年までに領土問題を解決する」と合意されていた。だが結局、チャンスも生かせなかった。その当時から日本外交のレベルが上がっているとはまったく思えない。むしろ下がっている。

「低レベル外交」の極めつけが「外交の安倍」を自負した安倍政権だ。パフォーマンスばかりなのに、忖度する官僚とメディアにより「返還期待論」が横行した。当然、返還交渉は進展しなかったどころか後退した。安倍氏は「ウラジミール、シンゾウとファーストネームで呼び合う仲」とか「歴代首相の誰よりも多くロシアのトップに会った」とやたら会談回数を自慢していた。そんなに親しいなら、カーター米大統領が引退後にも前大統領として北朝鮮外交を展開したように、ロシアと「院政外交」でも展開して返還させてほしい。

風化する領土問題

 1992年から行われてきた4島との北方四島交流事業(ビザなし交流)も新型コロナの影響で昨年は中止だった。船内での密集や参加者に高齢者が多いことなど、条件は非常に悪い。歯舞群島の多楽島出身で千島歯舞居住者連盟の河田弘登志副理事長(86)はいう。

「エトピリカ号(4島交流事業や墓参に使われている約1100トンの船舶)は今、改修工事をしています。5月からは無理としても、夏の交流参加者の募集ができるのかどうか。(首相の)菅さんはコロナで余裕もないのか、領土問題には無関心のようにも見える。墓参や交流事業がなくなれば必然、北方領土のことがニュースになることも少なくなる。今でもものすごく減っている。このまま領土問題が風化してしまいかねない」

 2月7日、「北方領土の日」に東京で行われる恒例の「返還要求全国大会」も無観客。例年、首相が参加するが、菅首相は「着実に進めたい」とのビデオメッセージを寄せただけだ。北方領土問題は国会議員の票につながらない。熱心なのは鈴木宗男氏や娘の鈴木貴子衆院議員くらいだ。今後、何を「着実に進める」のか不明だが、菅首相には安倍氏のようなパフォーマンスだけの「はったり外交」をやる力すらなさそう。旧島民の一世や二世が高齢化しているなか、北方領土問題に国民が関心を持たなくなる日を待っているようにしかみえない。

粟野仁雄/ジャーナリスト

粟野仁雄/ジャーナリスト

1956年生まれ。兵庫県西宮市出身。大阪大学文学部西洋史学科卒業。ミノルタカメラ(現コニカミノルタ)を経て、82年から2001年まで共同通信社記者。翌年からフリーランスとなる。社会問題を中心に週刊誌、月刊誌などに執筆。
『サハリンに残されて−領土交渉の谷間に棄てられた残留日本人』『瓦礫の中の群像−阪神大震災 故郷を駆けた記者と被災者の声』『ナホトカ号重油事故−福井県三国の人々とボランティア』『あの日、東海村でなにが起こったか』『そして、遺されたもの−哀悼 尼崎脱線事故』『戦艦大和 最後の乗組員の遺言』『アスベスト禍−国家的不作為のツケ』『「この人、痴漢!」と言われたら』『検察に、殺される』など著書多数。神戸市在住。

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