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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

オーケストラの指揮者だから気づいた、音楽家の特殊能力…ベートーヴェンの天才性の原点

文=篠崎靖男/指揮者

 本連載記事『天才・モーツァルトはサヴァン症候群?雷に打たれて天才ピアニストになった人も…』でも書きましたが、一般的に障害といわれていても、簡単にハンディとはいいきれないとの指摘があります。最近、よく話題になるアスペルガー症候群のなかにも、天才や高学歴の方々が多いという話を聞いたことがあります。ちなみに、スピルバーグは自分がアスペルガーであるとも公表しています。

 このアスペルガーを説明する有名な話があります。ある教師が宿題を忘れた生徒に対し、嫌みを込めて「犬があなたの宿題を食べちゃったの?」と尋ねると、この子供は謝りもせずに押し黙ります。それは、自分は犬を飼っていないし、そもそも犬は紙なんか食べないことを教師に説明しなくてはなどと考え、困ってしまうのです。一方の教師は、謝りもしない生徒に腹を立ててしまうのですが、子供は教師の表情から嫌みを感じ取ることができず、言われた質問を純粋に考えているだけなのです。

 僕にとって興味深いのは、ひとつの質問に対して、さまざまな思考が頭の中で展開され、いくつかのストーリーがつくり出されていることです。単純に「宿題の紙を食べていません」という答えでもよかったわけです。

 ここで思い出すのが、作曲家ベートーヴェンのことです。彼の特徴は、たったひとつの短いメロディーを膨らませ、ストーリーを展開させて1曲に仕上げていく卓越した能力で、ほかの作曲家とは一線を画しています。たとえば、ベートーヴェンの交響曲第5番『運命』は、「ジャジャジャジャーン」という出だしが有名ですが、あの短い4つの音だけを使い、さまざまな形に発展させながら、必要最小限のほかの要素と組み合わせてひとつの交響曲に仕上げています。

 凡人の僕には、「ジャジャジャジャーン」は単なる「ジャジャジャジャーン」で創作を広げようがありませんが、ベートーヴェンには可能だったのです。ひとつの素材を発展させて曲を書き上げるのは作曲技法のひとつですが、ベートーヴェンはその能力がほかの作曲家と比べてもずば抜けているのです。

 実は、ベートーヴェンもアスペルガーではないかといわれております。アスペルガーによく見られるように彼も対人関係が苦手で、純真すぎる性格もある一方、その特徴でもある、特定の分野に対する驚異的な集中力を発揮して多くの傑作を生みだし、今もなお世界中の人々に感銘を与え続けているのです。

 ところで、僕もそうなのですが音楽家には、何十年も前のことをものすごく鮮明に覚えているにもかかわらず、人の名前をすぐに忘れたりする人が結構多いのです。反対に、一度聞いた名前は絶対に忘れず、外国語もあっという間にマスターしてしまう人もいます。

 僕は「7年前のコンサートで、あのオーボエ奏者は大事な音を間違えた」とか、「30年以上前に、ソロパートを弾いていたチェロの人が、ほんの少し音程を外して自分自身に向かって嫌な顔をした」といったことを、結構鮮明に覚えていたりします。その半面、まだ僕の子供が小さい頃、友人に紹介している時に、なんと自分の子供の名前が出てこないという、とても恥ずかしい思いをしたことがあります。普通に考えたら、変な話です。
(文=篠崎靖男/指揮者)

オーケストラの指揮者だから気づいた、音楽家の特殊能力…ベートーヴェンの天才性の原点の画像2

●篠﨑靖男
 桐朋学園大学卒業。1993年アントニオ・ペドロッティ国際指揮者コンクールで最高位を受賞。その後ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクール第2位受賞。
 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後、英ロンドンに本拠を移してヨーロッパを中心に活躍。ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団、BBCフィルハーモニック、ボーンマス交響楽団、フランクフルト放送交響楽団、フィンランド放送交響楽団、スウェーデン放送交響楽団など、各国の主要オーケストラを指揮。
 2007年にフィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者に就任。7年半にわたり意欲的な活動でオーケストラの目覚ましい発展に尽力し、2014年7月に勇退。
 国内でも主要なオーケストラに登場。なかでも2014年9月よりミュージック・アドバイザー、2015年9月から常任指揮者を務めた静岡交響楽団では、2018年3月に退任するまで正統的なスタイルとダイナミックな指揮で観客を魅了、「新しい静響」の発展に大きな足跡を残した。
 現在は、日本はもちろん、世界中で活躍している。ジャパン・アーツ所属
オフィシャル・ホームページ http://www.yasuoshinozaki.com/

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