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江川紹子の「事件ウオッチ」第173回

福島原発事故から10年…「被ばくで健康被害」のデマとメディアの責任【江川紹子の考察】

文=江川紹子/ジャーナリスト

「被ばく線量はチェルノブイリ原発事故に比べてはるかに低い」ことを報じないメディアの責任

 ただ、これまでも国内外の専門家や機関によって、同趣旨の報告がなされてきており、UNSCEAR報告書の結論は、驚くような目新しい内容というわけではない。これを新鮮な思いで受け止めた人や、「にわかに信じられない」と警戒する人がいるのは、マスメディアがこうした「安心」につながる情報発信を、十分にしてこなかったことも原因のひとつだろう。

 危険に関する情報は、できるだけ早く、大きく、わかりやすく伝え、大音量で警戒警報を発するのが、マスメディアの報道の役割であることは言を俟たない。未曾有の大事故が起きて以降、各メディアが危機的状況を次々に発信したのは、その役割を果たした結果だ。

 その後、時間が経過するにつれて物事の実相は明らかになってくる。そうなれば警戒警報解除の報も、それなりの音量ですべきだろう。にもかかわらず原発事故においては、人々の安心につながる情報は、メディアでは極めて慎重かつ控えめに発信され、しばしば無視されてきた。

 たとえば2017年に日本学術会議が、臨床医学委員会放射線防護・リスクマネジメント分科会による「子どもの放射線被ばくの影響と今後の課題」と題する報告書を発表した時のことだ。この報告書は、国内外の学術論文、国際機関の報告などに基づき、子どもの健康への影響を詳細に検討・審議した結果をまとめたものだ。

 報告書では、被ばく線量はチェルノブイリ原発事故に比べてはるかに低く、甲状腺検査でがんが見つかる頻度に地域差や被ばく線量の違いによる差がみられないことなどから、がんの発見は高精度の調査が大規模に行われた「スクリーニング効果」と考えられる、などと指摘している。

 さらに、「事故による胎児への影響はない」として、この問題については「実証的結果を得て、科学的には決着がついた」と言い切った。次世代への影響についても、「誤った先入観や偏見を正す必要がある」と指摘している。

 ところが、この報告書について報じたのは福島県内のメディアのみで、県外にはほとんど伝わらなかった。全国紙やブロック紙の場合、一行も報じなかった新聞もあり、記事を掲載した朝日新聞、読売新聞も福島県版だけだった。

 メディアは、健康被害への懸念につながる情報、不安を訴える声などは全国版で繰り返し報じてきた。日本の科学者を代表する日本学術会議の報告書は、全国に広がっていた「誤った先入観や偏見」を正すための貴重な情報だったはずだ。

 にもかかわらず、これを伝え控えたメディアの姿勢は、福島に対する差別や風評被害をなかなか払拭できない一因といえるのではないだろうか。

 メディアの消極姿勢を見かねた坂村健・東洋大教授が、毎日新聞のコラムと産経新聞への寄稿で、報告書の内容を紹介し、これを報じないメディアの姿勢を批判している。

〈この報告書はいわば、事故後6年たっての科学界からの「結論」。これを覆すつもりなら、同量のデータと検討の努力を積み重ねた反論が必要だ。(中略)

 マスコミにも課題がある。不安をあおる言説を、両論併記の片方に置くような論評がいまだにあるが、データの足りなかった初期段階ならいざ知らず、今それをするのは、健康問題を語るときに「呪術」と「医術」を両論併記するようなもの、と思った方がいい。そういう転換点になりうる重要な報告なのに、毎日新聞を含めて報道の少なさはなんだろう〉(2017年9月21日付け毎日新聞)

 ちなみに毎日新聞も、記事でこの報告書を報じず、坂村教授が2度にわたって自身のコラムで取り上げただけだ。

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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