ビジネスジャーナル > 社会ニュース > 江川紹子が語る「原発事故とデマ」  > 4ページ目
NEW
江川紹子の「事件ウオッチ」第173回

福島原発事故から10年…「被ばくで健康被害」のデマとメディアの責任【江川紹子の考察】

文=江川紹子/ジャーナリスト

「被ばくによる健康被害が深刻なはず」デマや偏見が、反原発運動への信用を失墜させる

 マスメディアだけではない。フリーランスの記者や独立系メディアにも、デマを流布したり、予断や偏見を助長する主張を展開する者はいた。

 事故発生から10年経って、福島を巡る「誤った先入観や偏見」は、少しずつ薄らいでいる。消費者庁の調査では、福島県産の食品の購入をためらう消費者の割合は今年8.1%と、調査を開始した2013年2月以降、最低となった。一方、放射性物質検査により基準値を超える食品が流通していないことを知っている人は22.5%で、これも過去最低だった。検査自体を「知らない」と答えた人は6割を超えた。偏見が薄らいでいるのは、最近の情報によって理解が深まったからではなく、事故の記憶の風化によるものといえよう。

 最近になっても、ネット上では「危険」「被ばくによる健康被害が深刻なはず」という思い込みに基づいた発信が続いている。その多くは反原発の人たちとみられる。今回のUNSCEAR報告書に対しても、Twitterで「怒り」を表明するジャーナリストがいて驚かされた。

 放射線防護学者の野口氏は、『美味しんぼ』騒動に関する先の論考のなかで、「鼻血肯定論者」のほとんどが反原発派であることに触れて、こう述べている。

〈事故後に福島県内で鼻血が増えているというデータがないにもかかわらず、被ばくに原因する鼻血が福島県内で大勢いるなどと強弁するのは、反原発運動への信用を失墜させるのではないか。長年にわたり日本の原発政策を批判してきた者として、放射線被ばくの影響を誇大に言い立てる反原発派の一部に見られる非科学的・独善的・排他的な傾向を大変残念に思う〉

 この事故では、多くの人が避難を強いられ、長期の過酷な避難によって命を縮めた人もいる。地震や津波などの直接被害ではなく、避難による心身への負担などが原因となって死亡する災害関連死は、東日本大震災で最も被害を受けた東北3県のうち、福島県が2317人とダントツに多く、直接死の1606人を上回る。2018年に73人、2019年に36人、昨年も20人の新たな死者が加わっており、その被害は今なお進行中だ。さらに、故郷を失った人、ばらばらになった家族はどれだけになるだろう。福島第1原発の廃炉も、核燃料が溶け出したデブリの除去に、あと何十年かかるかわからない。

 原発に反対する理由は、新たな健康被害が起きずとも、現実に起きている被害を見れば、十分すぎるほどある、といえるのではないか。

 今、事故発生10年の節目の時期に、コロナ禍という新たな危機が重なった。被災地の10年に目を向けるだけでなく、危機時の報道のあり方についても、それぞれが振り返ってみる必要があるように思う。もちろん、それは私自身も例外ではない。

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


Facebook:shokoeg

Twitter:@amneris84

福島原発事故から10年…「被ばくで健康被害」のデマとメディアの責任【江川紹子の考察】のページです。ビジネスジャーナルは、社会、, , , の最新ニュースをビジネスパーソン向けにいち早くお届けします。ビジネスの本音に迫るならビジネスジャーナルへ!