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『青天を衝け』渋沢栄一、徳川慶喜、徳川斉昭の「子だくさん伝説」…子女10人超の艶福家

文=菊地浩之
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子だくさんといえば、常陸水戸藩の第9代藩主・徳川斉昭。慶喜の艶福家は父親譲り? 画像は京都大学付属図書館所蔵の斉昭像(Wikipediaより)。

徳川慶喜の父、徳川斉昭も、二十二男十五女、計37人の子に恵まれた

 慶喜の父・徳川斉昭(演:竹中直人)もまた艶福家で、二十二男十五女の計37人のお子さんに恵まれた。

 斉昭の正室は『青天を衝け』にも登場する吉子(演:原日出子)である。皇族・有栖川宮(ありすがわのみや)家の娘で、名門出身だから、相手も名門の若君を――と縁組みを考えているうちに年を重ね、輿入れした時にはすでに26歳。当時としてはかなりの高齢だった。

 吉子は嫁いですぐ、「年をとっているので、子を産むことができるかわからない。だから斉昭殿には側室をつかえさせてほしい」と懇願したという。また、吉子は父から「女は嫉妬の心なきがよし」と言い含められており、「大名でひとりの側室もないのは、私の嫉妬のせいと、京都で思われたら恥ずかしい」と漏らしたとも伝えられている(なるほど、慶喜がこの母の子であれば、嫉妬に狂う妻の行状が理解できないだろう。しかしながら、その母の価値観のほうが現代人には理解できないに違いない)。ただ、結婚する前から斉昭は子どもをもうけているので、話半分に聞いていたほうがよいかもしれない。

 斉昭は諸大名から一目を置かれる存在だったので、成人した娘は大大名へ、息子たちもそれなりの大名家の養子に片付いた。

 意外なところでは、九男・池田茂政(もちまさ)の孫娘が、渋沢栄一の四男・渋沢正雄と結婚している。栄一から見れば、旧主・慶喜の兄の孫である。ただ、そういった事情を汲んでの縁談ではなく、学習院女子部に花嫁候補を探しにいった仲介役が、学校の推薦そのままに縁談をまとめた結果だという。当時の学習院女子部は、授業中に上流階層の関係者がドカドカと上がり込み、花嫁候補を品定めするような学校だった(と、財界人・朝吹英二の息子の嫁サンが述懐していた)。

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第一子と末子の年齢差はなんと36歳! さすが“オットセイ将軍”、人並み外れた精力である。

 渋沢栄一、徳川慶喜、徳川斉昭の側室事情を鑑みるに、現代人には理解できない部分が多く、これを読んでご⽴腹される方がいるかもしれない。しかしそれは当時の価値観なので、いかんともしがたい。そのうち、「織田信長・徳川家康は人殺しだから、ドラマの主人公にするのは反対だ」という声が出てきやしないか、私は憂慮している。

(文=菊地浩之)

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●菊地浩之(きくち・ひろゆき)
1963年、北海道札幌市に生まれる。小学6年生の時に「系図マニア」となり、勉強そっちのけで系図に没頭。1982年に國學院大學経済学部に進学、歴史系サークルに入り浸る。1986年に同大同学部を卒業、ソフトウェア会社に入社。2005年、『企業集団の形成と解体』で國學院大學から経済学博士号を授与される。著者に、『日本の15大財閥 現代企業のルーツをひもとく』(平凡社新書、2009年)、『三井・三菱・住友・芙蓉・三和・一勧 日本の六大企業集団』(角川選書、2017年)、『織田家臣団の系図』(角川新書、2019年)など多数。

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