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成功はこうやって手に入れろ!「令和のヒットメーカー」の半生記(2)

春水堂、日本上陸の舞台裏…タピオカブーム仕掛け人の苦闘

文=編集部
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 彼女にとってみれば、それはあまりにもリスクのある選択だった。給料も下がる。うまくいくかどうかはわからない。それでも決断した。「本当によく考えました。入社させてください」。うまくいかなくとも後悔はない。想いはみな同じだった。

 関谷氏は、日本で春水堂を経営する会社「オアシスティーラウンジ」を設立。オーナーの息子は台湾にいるので、日本のスタッフは2人だけだ。2人は連日、喧嘩のようなやりとりを繰り広げた。どちらも気が強い上に、想いはそれ以上に強い。真剣だからこそぶつかった。

 ところが、立ち上げてからしばらくは苦難の状況が続いた。オープン当初こそ話題にはなったが、カフェ業界の「コーヒーがないと絶対うまくいかない」という常識が襲いかかっていた。なんとか打開しようといろいろ試したものの、迷走した。何しろ、前例もなければ答えもない世界にいるのだ。ただ、春水堂のオーナーへの責任がある。だから負けるわけにはいかない。そう自分たちに言い聞かせた。

 そんなときである。ヒットの芽は突然現れる。人気レストランを経営する友人に協力してもらい、台湾らしい麵料理を開発し、それとミルクティーをセットで売り始めた。すると、おしゃれで落ち着く店内で女性が気軽に食事できるお店としてヒットした。

 その後、本格的なお茶を使ったアレンジティーが少しずつ熱狂的なファンを生み出しながら、店舗は都内から関東、そして全国へと広がっていき、空前のタピオカミルクティーブームへとつながっていく。春水堂の日本上陸から3年が経とうとしていた。

「これをやるんだ」という強い想いから始まった飲食事業は、水道事業に続くオアシスグループのもう一つの柱となった。しかし、まだ柱が足りない。もう一つの経営の柱がなければいけない。そう考えていた矢先、関谷氏はまたまた奇想天外なアイデアにめぐり合うことになる。

(文=編集部)

※本記事はPR記事です。

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