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湯之上隆「電機・半導体業界こぼれ話」

世界の車載半導体不足に拍車…ルネサス工場火災、3万人リストラとファブライト化の代償

文=湯之上隆/微細加工研究所所長
世界の車載半導体不足に拍車…ルネサス工場火災、3万人リストラとファブライト化の代償の画像1
「ルネサス HP」より

呪われた車載半導体

 排気ガスで地球環境を悪化させ続けたクルマ産業に、神様が鉄槌を下したのではないか? そう思うほどに、たて続けに車載半導体の生産に不幸な事件や事故が起き、自動車産業に悪影響を及ぼしている。

 最初に車載半導体の供給不足が発覚したのは、2021年の年明けであった。その事情は次のとおりである(詳細は拙著記事)。

 昨年2020年に世界中で新型コロナウイルス感染拡大に伴う騒動が起きたため、3~8月にかけて自動車需要が“蒸発”した。そのため、車載半導体の売上高シェア1位のインフィニオン テクノロジーズ(ドイツ)、2位のNXPセミコンダクターズ(オランダ)、3位のルネサス エレクトロニクス(日本)などが、TSMC(台湾)への生産委託をキャンセルした。

 ところが、TSMCには世界中の設計専門の半導体メーカー(ファブレス)から生産委託が殺到しており、車載半導体のキャンセルの穴は瞬く間に埋まってしまった。その結果、昨年秋以降に自動車生産が回復し、車載半導体を再委託しようとしても、TSMCには受け入れる余裕がなくなっていた。2020年中の自動車生産は、需要が“蒸発”した時に生産された車載半導体の過剰在庫でなんとか賄っていたが、その在庫が尽きた2021年に大きな支障が出たのである。

 次に、米国のテキサス州に2月12日、突然の寒波が襲来し、Austin Energyが2月16日に計画停電を行ったため、同州にあるサムスン電子(韓国)、インフィニオン、NXPの半導体工場が停止した。この停電により上記の3社合計で、12インチウエハで月産11万5000枚の生産が止まってしまった。車載半導体はもちろんのこと、サムスン電子のロジック半導体の生産にも大きな被害が出た。

 さらにルネサス那珂工場が、2月13日に発生した福島県沖地震で被災し、約3時間停電して稼働が止まってしまった。この3時間の停電の影響は小さくないと思っている。そして、やっと復旧したと思ったら3月19日に、そのルネサス那珂工場の300mmライン(N3棟)で火災が発生した(図1)。半導体工場のこれほどの火災というのは前代未聞である。また、この火災の影響は甚大で、ルネサスの損失は約175~240億円になる見通しである上、地震や火災前の出荷状況に戻るには100~120日を要するという(楽観的過ぎやしないか?)。その結果、今年2021年4~6月に世界自動車生産が160万台減少するという試算もある(3月31日付日本経済新聞)。

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 この緊急事態を回避すべく、梶山弘志経済産業相が3月30日の閣議後会見で、台湾メーカーにルネサスの車載半導体の代替生産に関する協力を要請していることを明らかにした(3月30日付ロイター)。この台湾メーカーはTSMCであると思われるが、台湾では昨年からの少雨のために水不足が深刻化しており、TSMCの半導体工場が綱渡りの稼働を強いられている。

 もし、TSMCの半導体工場が止まれば、世界中のエレクトロニクス産業が壊滅的な影響を受ける可能性があるため、TSMCにとってみれば、出荷額に占める割合がたった3%しかない車載半導体などにリソースを割く余裕などないかもしれない。したがって、そもそも逼迫しているTSMCが、日本の要請を受け入れて車載半導体を生産してくれるかどうかはわからない。

なぜルネサスで火災が起きたのか

 このように、昨年から今年にかけて、コロナ騒動、寒波や地震による停電、前代未聞の火災、少雨による水不足と、これでもかこれでもかと車載半導体の生産に支障が出ている。そのため、冒頭で「神の鉄槌」と書いた通り、排気ガスで汚染され続けた地球の神様が、「もうクルマをつくるな」と怒っていると思いたくなるのである。

 しかし、上記のなかでルネサスの火災だけは、自然災害とは関係がない事故である(コロナも現時点では人為的な事故の可能性は否定できないが)。そして、火災の原因は、「メッキ装置の過電流による発火」と報道されているが、これが今一つよくわからない。

 3月21日にオンラインで開催されたルネサスの記者会見を報じた3月21日付「Car Watch」記事『ルネサス、半導体工場火災で1か月後に自動車メーカー向け出荷に影響 影響を受ける製品の2/3が自動車向け』(笠原一輝氏)には、火災の原因について以下のQ&Aが記載されている。

「──メッキ装置、過電流が流れるので、過電流の保護回路は入れていなかったのか? また、スプリンクラーなどは作動したのか?

小澤氏:過電流へのブレーカー、設備に搭載されている。消防署の見解だと電流が流れているときに切れて発火している。それが使っている樹脂に燃え移り広がってしまった」(原文ママ)

 なお、小澤英彦氏は火災を起こした300mm工場を運営しているルネサス セミコンダクタマニュファクチュアリング代表取締役社長である。小澤氏は、ルネサス エレクトロニクス代表取締役社長兼CEOの柴田英利氏、同社執行役員常務兼生産本部長の野崎雅彦氏とともに、記者会見に出席しており、上記の回答を行った。

 しかし筆者は、このやり取りでは、なぜ火災が起きたのかが理解できないのである。そこで本稿では、まず、メッキ装置がどのようなプロセスで使われるかを説明する。次に、メッキ装置の構造や動作原理を述べる。その上で、なぜメッキ装置による過電流により発火したのかについて、筆者の推測を論じたい。

ルネサス那珂工場のどこで火災が発生したのか

 図2に示すように、半導体は設計→前工程→後工程の3段階でつくられる。設計だけを行うファブレス、生産だけを行うファンドリーに対して、ルネサスのように設計から後工程まですべてを自社で行う半導体メーカーを垂直統合型(Integrated Device Manufacturer、IDM)という。

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 ただし、ルネサスは40nm以降の先端プロセスはすべてを、また40nmよりレガシーでも増産分はTSMCに生産委託しているため、ファブライト型と呼んでいる。ルネサス那珂工場の前工程には、200mm(N2棟)と300mm(N3棟)の2つの工場があり、今回の火災は300mmのN3棟の1階で発生した(図3)。

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 再び図2に戻ると、前工程ではウエハ上に500~1000工程ほどのステップを経て、約1000チップの半導体を同時につくりこむ。その半導体の断面写真を見てみると、10層以上の銅(Cu)配線層があり、下に行くほど配線幅が微細になっていることがわかる。そして最も下層には、白いぽつぽつしたゴマ粒のようなものが見える。これを拡大した電子顕微鏡写真を左側に示す。これがトランジスタという素子である。そして、今回、火災が発生したのは、Cu配線をつくるためのメッキ工程においてであった。次節でCu配線を製造する工程について説明する。

Cu配線形成方法

 2000年頃までは、半導体のメタル配線の材料には、アルミニウム(Al)を使っていた。図4Aに示すように、Alを成膜した後に、リソグラフィ技術でレジストパタンを形成し、ドライエッチングでAlを直接加工し、レジストをアッシングで除去した後に絶縁膜(SiO2)で埋め込んで配線を形成していた。

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 ところが、半導体の微細化が進むとAlの配線抵抗が問題となってきたため、130nm以降は、Alよりも抵抗値の小さなCuを配線材料に使うことになった。また、配線と配線の容量結合を下げるために、SiO2より誘電率の低いLow-k膜を層間絶縁膜に使うことになった。

 しかし、ドライエッチングによるCuの直接加工が困難だったため、図4Bに示すように、Low-k膜に溝を加工し、その溝をCuメッキで埋め込み、不要なCuをCMP(Chemical Mechanical Planarization、化学機械平坦化)で除去する、いわゆる「ダマシン法」により配線を形成することになった。

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 このCuメッキ付近の工程をもう少し詳細に見てみよう(図5)。ドライエッチングでLow-k膜に溝を形成した後、TaまたはTaNの薄膜を成膜する。これは、バリアメタルと呼ばれる。Cuは絶縁膜中を拡散してしまうために、TaまたはTaNでバリアして、その拡散を防止するのである。

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 次に、スパッタリングという成膜方法でCuを薄く成膜する。このCuの薄膜をシード層という。その後、いよいよ問題のメッキ工程に移行する。そのメッキは、正確には電解メッキという。図6に示すように、硫酸銅と硫酸の水溶液中に、カソードとアノードの2つの電極を浸し、その電極間に直流電圧を印加する。また、Cuシード層を成膜したウエハをカソード側に設置しておく。

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 すると、水溶液中にCuイオンが発生し、それがカソードに引き寄せられ、Cuシード層の電子と結合してメタルのCuとなって析出する。その結果、図5のように、溝が完全にCuで埋め込まれる。その後、CMPで上部のCuを除去することにより、ダマシン法によるCu配線が完成する。火災は、上記のCuの電解メッキ中に起きたわけだが、筆者にはどうも理解できないのである。

過電流により発火した?

 ルネサスの記者会見では、Cuの電解メッキ中に過電流が流れ、それによって発火したということになっている。その記者会見のQ&Aで小澤社長は、「メッキ装置にはブレーカーが搭載されている」と答えている。安全対策として当然の措置であろう。

 一般家庭でもブレーカーがついている。筆者の自宅のマンションは、50A(アンペア)のブレーカーが設置されている。したがって、多数の電機製品を使って合計が50Aを超えれば、当然ブレーカーが落ちる。だから、50Aを超えないように注意して各種の電機製品を使うことになる。

 話をルネサスに戻すと、小澤社長はブレーカーが搭載されているメッキ装置について、「消防署の見解だと電流が流れているときに切れて発火している」と回答している。筆者は、この回答が理解できないのである。この発言は、「メッキを行っている最中に、ブレーカーが切れて(つまり落ちて)、過電流が流れ、発火した」ということなのだろうか? しかし、「ブレーカーが切れた(落ちた)」のなら、その時点で電流は止まるはずである。ブレーカーとは、過電流を抑制するための保護回路だから、普通はそうなるだろう。

 ところが、結果的に「発火」した。それは、つまりブレーカーが保護回路として動作しなかったことを意味するのだろうか? ということは、保護回路が故障していたということなのだろうか? 筆者には、このあたりのことが、まるで理解できないのだが、「保護回路の故障」の可能性が高いような気がする。

 したがって、ここから先は筆者の推測を書くことになるが、ご了解いただきたい。

福島県沖地震のダメージとリストラの影響

 ルネサス那珂工場は2月13日に発生した福島県沖地震で被災し、約3時停電した。N3棟には、数百台規模の製造装置があると思われるが、それらが一斉に電気が切れた。筆者は、この停電でなんらかのダメージを受けた製造装置があったのではないかと推測している。例えば、今回の火元になったようなメッキ装置の保護回路が壊れた、というようなダメージが、あちこちに発生していてもおかしくない。

 そのような停電で稼働が止まった数百台の製造装置を、1台ずつ立ち上げていくことになるが、ルネサスの那珂工場関係者がきちんと対応できているか疑問がある。というのは、2010年に日立製作所と三菱電機が設立したルネサス テクノロジとNECエレクトロニクスが統合されて、社員数が4.92万人に膨れ上がったが、その後、オムロン出身の作田久男会長兼CEOが社員数も工場も半分に減らしてしまったからだ(図7)。

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 この鬼のようなリストラの効果もあってルネサスは黒字浮上したが、工場関係者を中心に社員数を3万人以上も減らしたため、製造装置の安全管理が非常に手薄になっていた可能性がある。

 また、2月13日の地震以降、世界中で車載半導体が逼迫している事態を受け、それまで60%程度だったルネサス那珂工場の工場稼働率をフル稼働にしようとした。以上の結果、もしかしたら保護回路が壊れているかもしれない製造装置を、安全点検を軽視もしくは無視して、少ない人員で急いで立ち上げていったかもしれない。その過程で、今回の前代未聞の火災が起きた――とは推測できないだろうか。

 火災の真の原因は、いまだ不明である。しかし、車載半導体の供給不足と自動車産業の苦境は今後も続く。10年間で3万人も社員を減らし、ファブライト化したツケは非常に大きいのではないか。

(文=湯之上隆/微細加工研究所所長)

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