また話が逸れてしまいますが“コンサートあるある”として、ヴァイオリン好きな客は、前半のヴァイオリン協奏曲が終わったあとも、オーケストラのヴァイオリン奏者が大勢で演奏している後半の交響曲をそのまま楽しんでくださるのですが、ピアノ好きの客のなかには、残念ながらピアノ以外にはまったく興味がない方も多く、前半のピアノ協奏曲を聞いたら、後半を聞かずにそのまま帰ってしまう人も結構いるようです。
さすがに、こんなことは日本ではあまりないとは思いますが、僕が毎年指揮をしているフィンランドのような、演奏会チケットがとても安い国々でコンサートを指揮していると、前半のピアノ協奏曲の際には観客席は満席だったのに、後半の交響曲の時にはいくつも空席があるというようなことが起ったりします。帰ってしまった観客にとっては、ピアノさえ聴ければいいわけですが、後半の交響曲に力を入れている指揮者としては、悔しい思いをするのです。
ソリストの代役探し
さて、歌手がソリストの場合も、客層はピアノ愛好家とよく似ています。それは、声楽曲だけが好きで、オペラはもちろんオーケストラ公演でも歌手だけを目当てに前売り券を買っている方々が一定数いるからです。
軽い風邪くらいならば、器楽のソリストはなんとか出演する場合が多いのですが、歌手の場合は声が出なくなるのでキャンセルとなります。そんな歌手好きの観客がチケットを購入しているのですから、現代曲のように代わりの歌手が見つからないからといってピアニストとピアノ協奏曲をするわけにはいかず、なんとか歌手を見つけてポピュラーなモーツァルトの歌曲などでお茶を濁してもらうこともあります。大多数の観客にとっては、モーツァルトのほうが楽しめるかもしれませんが。
ここで、運の良いことにプログラムを変更せずに歌ってもらえる代役の歌手が見つかったという嬉しいニュースが入ったとしても、さらに大きな問題が立ちはだかります。それは、厳密に決まっているオーケストラ楽員の労働時間です。
「今、歌手が見つかりました。急いで飛行機に乗ってもらえれば今日中には来られるので、また夜にリハーサルに集まってください」などと言うことはできません。そこで翌日、すなわちコンサート当日のゲネプロ(実際のホールでの最終リハ―サル)の短く限られた時間で、さっと合わせて本番を迎えることになります。そんな時の緊張感は大きく、指揮者だけでなく、オーケストラの楽員もいつもとは違った固い顔になっています。