ネットで誹謗中傷、損害賠償300万円支払った人の本音…「恨みだけが残った」

「Getty Images」より

 かつては2ちゃんねる(現・5ちゃんねる)掲示板、Yahoo!ニュースのコメント、そしてFacebookにTwitter――。

 これらネットへの書き込みは、今や真面目な議論を目的としたものではなく、書き手によるストレス発散が目的であることがおぼろげながらわかってきた。だが、そのストレス発散の代償はあまりにも大きい。

「ネットの書き込みにいちいち反応するほうがどうかしていますよ。そもそも批判されるようなことをしておいて、自分が批判されたら訴えるというのは気に食わないですね」

 こう語るのは、ネットへの書き込みでトラブルになったというユウジさん(仮名・45歳)だ。書き込んだ内容は勤務先の女性上司に関することである。そのなかにはセクシャルなことも多分に含まれていた。結局、裁判にまでもつれ込んだが、裁判外で和解。解決金として300万円の支払いを余儀なくされた。

「毎月5万円ずつ分割で支払っていました。でも相手方の弁護士事務所の銀行口座に損害賠償金を支払うたびにメンタルにダメージを受けたので、銀行のカードローンで借りて残金を一括返済しました。これでもう責任を果たしたので、言いたいことを言えます」(ユウジさん)

 そもそもユウジさんがネットに書き込みを行ったのは、何か問題意識を持ったわけでも、強い義憤に駆られての行動でもなかった。ただただ、「面識のない女性上司をネタに、ネット上であることないことを書いてストレスを発散したかっただけ」と話す。

 その女性上司は、職場で“やり手”と評判ではあるものの、目立ちたがりで部下へのあたりがきついといった良くない評価が聞こえてきたことも、ユウジさんの行動に拍車をかけた。ユウジさんは言う。

「さすがに職場では面識のない上司のことを話題にするのは憚られますが、ネットなら言いたい放題です。それに訴えるにしても結構な金額がかかるものです。さすがに実際に訴えるということはしないんじゃないかなという、私自身の見立ての甘さもありました」

高額な損害賠償金を請求されると弁護士費用も高額に

 事実、ネットトラブルで書き込まれた側、つまり被害者側がアクションを起こすには負担が大きい。ネットの風評被害に悩み削除を行った経験のある会社員男性は、単に書き込み内容を削除するだけでも、「ざっと10万円弱の費用を要した」という。

 さらに、書き込み者を特定するためには別途費用が嵩む。書き込み削除時に得たIPアドレスから、プロバイダー各社に発信者情報の開示を請求すると5万円ほどかかり、裁判となると10万円以上というのが、現在の一般的な相場だそうだ。

 この発信者情報の開示を経て書き込み者が特定されたならば、ようやく被害者は加害者である書き込み者との直接対決、示談交渉や訴訟へと持ち込める。示談交渉にしろ、裁判にしろ、被害者は自らが受けた被害を金額に算出し、その額に応じて訴訟費用や弁護士費用が決まっていく。

 仮に被害者が被害額を「1000万円」としたならば、裁判所への手数料は5万円、弁護士費用は、旧日本弁護士会連合会報酬等基準に則った場合、ひとまず着手金59万円、勝訴となれば成功報酬として118万円の支払いが必要だ。

 もっとも、現在は弁護士費用が自由化されているので、なかにはこの金額以下で請けてくれる弁護士もいれば、逆にもっと高額なところもある。また、たとえ敗訴となっても裁判終了後に報酬を支払う契約でなければ請けないというケースもある。

 訴えられた側、すなわち加害者側も、被害額「1000万円」として損害賠償請求をされたら、原告側と同じ基準の弁護士費用の負担が強いられる。

 もちろん、示談交渉はもとより、訴訟にもつれ込んだとしても、原告・被告のいずれも弁護士を雇わなければならないわけではないので、自分で対応することは可能だ。ただし、膨大な時間と労力を要するのは間違いない。

本人訴訟は「プロのボクサー相手に素人がリングに立つようなもの」

 裁判では、弁護士をつけない「本人訴訟」も数多く行われている。2018年版の『弁護士白書』によると、1992年から2017年までの地方裁判所での裁判における弁護士関与率は、概ね8割で推移している。裏を返せば、残りの2割が原告・被告双方が本人訴訟というわけだ。原告・被告どちらか一方だけならば、約63%が本人訴訟だという。

 とはいえ、原告・被告どちらの立場でも、よほど法律に明るくない限り、本人訴訟というのはかなり大変だ。また示談交渉や裁判を経験した人たちは、「防戦一方となる被告側は、精神的負担も大きい」と、一様に口を揃える。

 弁護士らによると、例えば「被害額1000万円」の係争ならば、被告側は「いきなり1000万円の借金を背負わされたようなもの」と考えるとわかりやすいという。

民事訴訟の被告で弁護士をつけないのは、素人がプロボクサー相手にリングに立ちファイティングポーズをとっているようなものです」(ネット問題に詳しい弁護士)

 ネットトラブルで加害者となり訴えられ、相手方(被害者)に弁護士がついているならば、もはや素人では勝ち目がないとみていいだろう。前出のネット問題に詳しい弁護士が続ける。

「そもそもネットトラブルで訴えられた場合、もう被害者は弁護士に相談し、決定的な証拠を握られていることがほとんどだからです」

 そうした背景もあり訴えられたネットトラブルの加害者の多くは、弁護士をつけて裁判に臨むことになる。前出のユウジさんも例外ではなかった。

ネットでの誹謗中傷者側からみた示談交渉、裁判の動き

 2017年のある日、ユウジさんの自宅に簡易書留が届いた。その郵便物には「発信者情報開示請求照会書」とあり、ユウジさんによるネットの書き込み内容と、これによって人権を侵害されたと訴える被害者(面識のない女性上司)の名前が記載されていた。そしてプロバイダー契約者の住所、氏名を被害者に開示してよいか否かを回答の上、プロバイダーに送付するよう求められる。

「ひとまず弁護士を探して相談しました。弁護士からは、『知らない』と回答しておけばいいと言われたのです」

 市役所主催の30分無料相談で、「あまりインターネット問題に詳しくない」と語る年配の弁護士に相談した際、こう言われたことから、ユウジさんはこれを真に受け、開示を拒否した。だが、これが後々、命取りとなった。相手側の心証をかなり悪くしたからだ。

 発信者情報開示請求照会書のことを忘れかけていた4カ月ほどあとの日、プロバイダーから電話がかかってきた。

「まことに残念ながら、発信者情報開示請求の裁判に敗訴致しました。そのため、ご契約者様のご住所、ご氏名を相手方に開示することになりました」

 やがて、その相手方への開示内容がユウジさん宅にも送られてきた。だが、それでもユウジさんにはまだ危機感はなかった。プロバイダーの契約者は妻にしていたからだ。相談した年配の弁護士からは、刑事訴訟では「(契約者である)妻が書き込んだことを相手方が立証しなければならない」と聞いていたからだ。

 それからユウジさん宅に、弁護士名の内容証明郵便と書留郵便がほぼ同時に届いた。そこには、「損害賠償金として1000万円、弁護士の銀行口座に振り込め」と書かれている。だが宛先はあくまでも妻だ。ユウジさん自身ではない。驚いた妻から、「どういうことなの?」と問い詰められたが、「いたずらだろう」と、その場はやり過ごした。

 ユウジさんは、妻宛てに届いた内容証明郵便を半年ほど無視していた。その間、弁護士にも相談したが、「訴訟となると訴える側の費用負担も大きい」との理由から、本気で裁判になるとは考えていなかったからだ。

「相手は自分と同じサラリーマンである。裁判を起こすこと自体、どこか躊躇うところもあるはずだ。これまでの発信者情報開示請求や損害賠償請求の示談交渉は、あくまでも脅しにすぎないだろう」――ユウジさんは、この場に及んでも、まだ楽観的に考えていた。

 ネット問題に詳しい弁護士は言う。

「被害者もかなりの費用を負担しています。その金額は回収したいものです。内容証明まで届いて、『ごめんなさい』だけの謝罪で済むことは、めったにありません」

 これは見方を変えれば、「非を認めて損害賠償金を支払えば、事は公(裁判沙汰)にはならない」ということである。

加害者側が求めているのは、損害賠償金よりも「謝罪文と誓約書」

 ただ、1000万円の損害賠償となると、おいそれと支払える金額ではない。そのため「書き込んだことは認めるが、損害賠償金が高額すぎるので折り合えない。支払う意思はある」とするのが、「加害者、被害者側、双方にとってもベストではないがベターチョイスだ」(同)と言う。

 裁判所から訴状がユウジさん宅に届いた。被告として名前が挙がっているのはプロバイダー契約者である妻と、自分だった。訴状を見ると、「かなり自分のことを調べられているなという印象を持った」(ユウジさん)と同時に、相手方はどうやって自分が書き込んだことを立証するのか、疑問がふつふつと湧いてきた。

 しかし民事訴訟の場合、このケースでは、「自分が書いていない」ことを立証するのは相手方ではなく、ユウジさん自身である。ネットトラブルで、「お前が書いただろう」と言われて、これを否定するための証拠を揃えるのは訴えられた当人なのだ。ここが刑事事件との大きな違いだ。

「さすがに訴状や裁判所からの呼び出し状が届いてからは、『本当に今まで相談してきた年配の弁護士でいいのか?』という不安も出てきました。結局、あれこれネットで検索して、ネット問題に詳しい弁護士に急いで相談に行きました」(ユウジさん)

 ネット問題も手掛ける若い弁護士によると、ユウジさんの状況は極めて不利であることと、妻については責任は回避されるだろう――との見通しが示された。

「確かに私が書いたことです。でも、その女性上司も悪評のある人だったので、それを裁判の場できちんと伝えれば、裁判所も納得し、女性上司側も理解するのではないかと思いました」

 だが、その見通しはあまりにも甘過ぎた。本格的に裁判が始まり、女性上司側がかなり怒っていることが伝わってきたからだ。

 加えて相手方の弁護士が作成したであろう書面を見ると、とても、「自分が書いたものではない」という気力すら沸いてこなかった。証拠こそないものの、とても論理的に、「誰が見ても、聞いても、自分が書いたもの」と説得力のある文章で裁判所に訴えている。もちろん、ユウジさんにはこれを覆す証拠がない。当時を振り返りユウジさんは言う。

「実際、私にとっては信頼できる同僚からの話を書いただけだ。それが真実だと思った……と話したところで、相手側はまったく聞く耳を持ちません。そうしたやり取りが続くなかで、もう裁判をやめてしまいたいという気持ちになりました」

 もっとも、相手の女性上司は、会社側に「裁判をしていること」を伝えはしても、その相手が自分であることは報告する様子はなかった。ただ、それもいつまで続くやわからない。

「私の弁護士からは、『和解しますか』『あなたは書いていないが、あなたの家族が契約しているプロバイダーが発信元だったので、その解決を目指すために和解するという交渉をしましょうか』と言われ、裁判中ではありましたが示談交渉をお願いしました」

 そうして、ユウジさん側の弁護士が女性上司側の弁護士と連絡を取り、交渉の末、提示してきたのが「自分が書いたと認める謝罪文と、二度と書かないという誓約書の提出」を行えば、「損害賠償金500万円で折り合う」という和解案だった。もし「自分が書いていない」とするならば、そのまま裁判を継続するしか道はなかった。続けてユウジさんが語る。

「500万円でも高いです。せめて300万円なら、と交渉して折り合いました。誓約書の提出は私の信条と異なるところもあり屈辱的でしたが、それにより損害賠償金が減額となるので、背に腹は代えられません」

 弁護士からは、「同種事案の判決では100万円から200万円程度」と聞かされた。しかし、過去の他の事案と同じ判決が出るとは限らない。

「弁護士さんにお願いしていたので、実際に裁判所に私が出向くことはありませんでした。それでも裁判の都度、届けられる書面を見るたびに鬱がひどくなっていきました。とてもメンタル面で持ちませんでした」

 300万円は大金だ。判決なら一括での支払いが常識だが、和解なら相手の了承を得られれば分割での支払いも認められる。幸い、ユウジさん側の弁護士が交渉し、女性上司側も分割払いを認めてくれた。早く裁判を終わらせたいとの思いからユウジさんは、この和解で手を打つことにした。当時の心境をユウジさんはこう話す。

「誓約書や謝罪文の文面は、相手方から送られてきた文面を私の弁護士が熟読し、少し修正を加えて提出しました。あとは損害賠償金の支払い方法や時期を詰めて、事件はひとまず終わりました。とても解放された気分になりました」

高額の損害賠償金を支払っても、加害者側は反省などしていない?

 この時点でユウジさんの弁護士費用は100万円を超えていた。損害賠償金と合わせて約420万円の出費だった。ネットに書き込んだのは5回。1回の書き込みが84万円の計算だ。

「支払いが終わって落ち着きを取り戻してから冷静に考えると、やっぱり俺は悪くないという気持ちがありますよ。つまんないことで訴訟しやがって、という気持ちがありますね」

 とはいえ損害賠償金を支払ったことで、ユウジさんは自身の行動に対する責任を果たした。だが、誹謗中傷という自らが引き起こした事件については、「(相手への)恨みだけが残った」(ユウジさん)というのが正直なところだと話す。

 刑事事件を起こして刑務所で服役している人たちの多くは、事件についてなんら反省をせず、自らを刑務所へと追いやった被害者や警察、検察、裁判所への恨みを募らせていると指摘する声もある。ましてや、民事で争われるネットでの誹謗中傷事件であれば、加害者が反省するほうがまれなのかもしれない。

 法務省の調査によると、ネット上の人権侵害は2004年には418件だったが、以降、右肩上がりに増え続け、2016年には1909件にまで増えている。

 これら事案の抑止のためにも、刑事事件化へのハードルを低くすると同時に、厳罰化が急務だ。スマートフォンやSNSの普及に伴い、気軽にネット上に書き込みができるようになったからこそ、「つい書いてしまう――」という人が委縮するほどの厳罰を課さなければ、個人を誹謗中傷する事案は撲滅されないのではないか。

(文・取材=陳桂華/ITライター)

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