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湯之上隆「電機・半導体業界こぼれ話」

台湾TSMCの「日本の新工場建設」には合理的理由がない…経産省が関わったら失敗する

文=湯之上隆/微細加工研究所所長
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 では、日本はどうだろう。TSMCの売上高に占める日本の割合は、たかだか4%しかない。この4%のなかに、ソニーのCMOSセンサーに張り合わせるロジック半導体の全数、トヨタ自動車、日産自動車、ホンダなどの自動車メーカー向けの40nm以降の車載半導体のすべてが含まれている。

 このように売上高比率がたった4%しかない日本に、TSMCが数百人もの技術者を派遣して1兆円規模のギガファブを稼働させる合理的理由は存在しない。したがって筆者は、TSMCとソニーとの合弁による新工場には現実性がないと考えている。では、なぜ日刊工業新聞は確信に満ちた(ように見える)記事を報道したのだろうか。

経産省の「絵に描いた餅」

 経産省は6月4日に「半導体・デジタル産業戦略」を取りまとめたことを発表した。その半導体産業の戦略の第1番目に「先端半導体製造技術の共同開発と生産能力確保」がある。上記サイトには4つの添付ファイルがあるが、2つ目の「半導体・デジタル産業戦略について(要点)」には、以下の記載がある。

<3.半導体分野の目指すべき方向性

(1)国家として必要となる半導体生産・供給能力の確保

・先端ロジック半導体は、社会のあらゆる電子システムを制御し、データ駆動型経済を支える基盤デバイスであり、いわば「産業の脳」として重要であるが、我が国のミッシングピースの一つ。経済安全保障上の戦略的自律性の強化を図るため、海外ファウンドリーとの合弁工場の設立等を通じ、国内製造基盤を確保する。さらに次世代製造技術の国産化を進める>

 さらに、3つ目の添付ファイル「半導体・デジタル産業戦略(概要)」の6頁には、「海外の先端ファウンドリとの共同開発を推進する。さらに、先端ロジック半導体の量産化に向けたファウンドリの国内立地を図る」と書かれている(図3)。

台湾TSMCの「日本の新工場建設」には合理的理由がない…経産省が関わったら失敗するの画像4

 加えて、4つ目の添付ファイル「半導体戦略(概略)」の38頁には、「我が国が失った先端半導体生産能力(40nm未満)について、海外ファウンドリの協力を得て、新たに工場を設立する」と書かれている(図4)。

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 以上からわかることは、経産省が海外ファンドリーを誘致して、日本国内に40nm以降のプロセスによる先端ロジック半導体工場を設立したいという構想を持っているということである。それがTSMCとソニーとの合弁による1兆円規模の新工場ということであり、どのような経緯かはわからないが、その内容を日刊工業新聞が記事に書いたということではないか。

 しかし、新工場に導入する製造装置の予算(最低5000億円)と数百人の技術者(オペレーションを含めると1000人規模)を確保できなければ、経産省の「絵に描いた餅」にすぎないと筆者は考える。

歴史的に経産省が出てきた時点でアウト

 筆者は6月1日、衆議院の「科学技術・イノベーション推進特別委員会」に、半導体の専門家として参考人招致され、「日本半導体産業の過去を振り返り、反省・分析し、未来の政策を考える」というテーマについて、15分の意見陳述を行った(その様子がYouTubeにアップされています)。

「過去を振り返る」ことだけを抽出すると、日本半導体産業の世界シェアは1980年中旬に約50%でピークアウトし、その後、坂を転がり落ちるように凋落した(図5)。その間、シェアの低下を止めようと、主として経産省が主導して国家プロジェクトやコンソーシアムを山のように立ち上げ、エルピーダメモリやルネサスエレクトロニクスなどの合弁会社を設立した。

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 しかし、やっても、やっても、シェアの低下を食い止めることはできず、2010年には20%となり、2020年には10%を切ってしまった。つまり、経産省が主導した半導体政策は、すべて失敗に終わったわけだ。この結果を基に、筆者は「歴史的に、経産省が出てきた時点でアウト」と断じた(詳細は拙著記事)。

 さて、今年2021年、経産省が主導してTSMCを日本国内に誘致しようとする動きが2つある。これまでの歴史通りならば、悲観的な結果に終わることになる。部外者の筆者としては、そうならないことを願うしかない。

(文=湯之上隆/微細加工研究所所長)

追記)TSMCは7月15日行った決算発表会で、日本の新工場建設について具体的な質問を受け、現時点でいかなることも排除しないと説明し、「当社は日本でウエハー工場に関するデューデリジェンスの過程にある」と述べたことが報道された(7月15日、Bloomberg)。この報道から、5月26日の日刊工業新聞の記事がまったく根も葉もないものではないことはわかった。しかし、それでも筆者は、TSMCがデューデリジェンスを進めた結果、「日本の新工場に関与しない」という結論を導くと考えている。その理由は、本文で述べた通り、日本の新工場に関係する合理的根拠が見当たらないからである。

●湯之上隆/微細加工研究所所長

1961年生まれ。静岡県出身。1987年に京大原子核工学修士課程を卒業後、日立製作所、エルピーダメモリ、半導体先端テクノロジーズにて16年半、半導体の微細加工技術開発に従事。日立を退職後、長岡技術科学大学客員教授を兼任しながら同志社大学の専任フェローとして、日本半導体産業が凋落した原因について研究した。現在は、微細加工研究所の所長として、コンサルタントおよび新聞・雑誌記事の執筆を行っている。工学博士。著書に『日本「半導体」敗戦』(光文社)、『電機半導体大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北』(文春新書)。

・公式HPは http://yunogami.net/

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