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湯之上隆「電機・半導体業界こぼれ話」

米WDによるキオクシア買収は、メリットは非常に大きいが、実現しないと考えられる根拠

文=湯之上隆/微細加工研究所所長

キオクシアの経営陣はどうなる?

 では、キオクシアにとってのデメリットは何があるか。図7に、NANDを共同で製造している四日市工場の親会社、経営幹部、技術者の状況を示す。

米WDによるキオクシア買収は、メリットは非常に大きいが、実現しないと考えられる根拠の画像8

 もともと四日市工場は、東芝のメモリ事業部と米サンディスクが合弁会社をつくって、NANDを共同で開発し製造していた。ところが、2016年にWDがサンディスクを買収した。また、2017年に東芝が債務超過を解消するために、メモリ事業部を「東芝メモリ」として売却し、その後、社名をキオクシアに変更した。つまり、四日市工場を経営しているWDジャパン(旧サンディスク)とキオクシアの親会社は、それぞれWDであり、東芝であるということになる。

 次に、四日市工場の内部に目を向けてみよう。キオクシアの経営幹部は、基本的に東芝出身者である。一方、WDジャパンの経営幹部は、その社長が旧日立製作所の小池淳義氏であり、その側近を日立時代の仲間で固めていることから、日立色が強い。

 つまり、四日市工場は極論すると東芝と旧日立が経営していることになる。筆者が半導体技術者として日立に在籍していた1987~2002年に感じていたことであるが、日立と東芝は、お互いにライバル心剝き出しの態度をとっていた。学会会場で会うと、目礼はするが、目は笑っていない。日立も東芝も、絶対にライバルには負けないというようなプライドを持っていたと思われる。

 そのような関係の旧日立と東芝がお互いに協力し合って、四日市工場の経営を行えるか? 到底無理だろう。実際、四日市工場の旧日立側の経営幹部のボヤキが、日立人脈を通じて、ときどき筆者の耳にも聞こえてきていた。

 このような状態にある四日市工場において、WDがキオクシアを買収したら、どうなるだろうか。恐らく、WDジャパンにとって目障りな東芝出身の経営陣は一掃されるのではないだろうか。となると、東芝出身の四日市工場の経営陣にとっては、WDによる買収は恐怖以外何ものでもないということになる。

WDにとってはどうか

 もし、WDがキオクシアの買収に成功し、意見が合わない東芝出身の経営陣を一掃できたら、WDジャパンの経営陣は非常にスムーズに経営方針を立案し、実行できるようになるだろう。これは、WDジャパンにとってのメリットである。

 一方、デメリットは何か。四日市工場の経営陣は、東芝と旧日立が対立していたと思われるが、技術者たちには大きな対立はなかったと聞いている。

 その理由は、まず絶対数で東芝出身の技術者が多かったことが挙げられる。次に、WDジャパンの技術者はWDジャパン(旧サンディスクジャパン)プロパーの技術者に加えて、エルピーダやルネサスなどの半導体メーカーおよび製造装置や材料メーカーからの転職者の混成部隊だった。その結果、少数の混成部隊には、これといった特色はなく、そのため東芝出身の技術者と対立が起きることも少なかったと聞いている。

 しかし、WDがキオクシアを買収すると、少数の混成部隊のWDジャパンの技術者が、大多数の東芝出身者より上に立つような事態が起きるかもしれない。もしそうなると、これまで協力してNANDを開発し、量産してきた技術部隊の間に軋轢が生じるかもしれない。というのは、東芝出身の技術者のプライドが傷つくと考えられるからだ。それは、今までがうまく行っていただけに、デメリットになる可能性がある。

この買収の行方

 WDがキオクシアを買収することにより、NANDの売上高シェアでは1位のサムスン電子に並び、SSDの出荷個数シェアでは、1位のサムスン電子をはるかに凌駕する。また、四日市工場の内部においては、技術者の間に軋轢が生じる可能性があるが、これまで対立することが多かった経営陣については、旧日立出身者のWDジャパン側が実権を握り、東芝出身者を一掃すれば、非常にすっきりした経営が可能になるだろう。

 このように四日市工場全体で考えれば、この買収はデメリットよりメリットのほうが大きいといえる。問題は、この買収が成立するか否かだ。

 このような大型買収については、世界に9カ所ある司法当局で独占禁止法に関する審査が行われる。その9カ所のうち、中国の司法当局が、どう考えても認可するとは思えない。

 第1に、バイデン政権になっても米中ハイテク戦争は収まるどころか、より激化の一途を辿っている。したがって、その報復の意味でも、中国が米日企業のM&Aを認めないことは明らかだ。

 第2に(こちらのほうがより本質的であるが)、キオクシアのNANDの多くが単品売りされており、その販売先が中国のスマホメーカーのXiaomi、OPPO、vivoなどであることだ。もし、キオクシアが米国のWDの傘下に入ってしまったら、キオクシアによる中国のスマホメーカー向けのNANDの販売を、いつ米国政府に止められてもおかしくない。これは、中国にとって国益を損なう脅威である。

 以上2つの理由で、中国の司法当局が、この買収を認可しない可能性が高いと考えている。筆者としては、SSDビジネス強化のため、また四日市工場の効率的な経営のために、この買収が成立してほしいと思っているが、現実は厳しいだろう。

(文=湯之上隆/微細加工研究所所長)

●湯之上隆/微細加工研究所所長

1961年生まれ。静岡県出身。1987年に京大原子核工学修士課程を卒業後、日立製作所、エルピーダメモリ、半導体先端テクノロジーズにて16年半、半導体の微細加工技術開発に従事。日立を退職後、長岡技術科学大学客員教授を兼任しながら同志社大学の専任フェローとして、日本半導体産業が凋落した原因について研究した。現在は、微細加工研究所の所長として、コンサルタントおよび新聞・雑誌記事の執筆を行っている。工学博士。著書に『日本「半導体」敗戦』(光文社)、『電機半導体大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北』(文春新書)。

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