NEW
篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

オーケストラもマスク着用で混乱…実は表情でのコミュニケーションが超重要

文=篠崎靖男/指揮者
【この記事のキーワード】,

マスク着用、指揮にも大きな障害

 マスク着用は、指揮をする際にも大きな障害となります。指揮者は指揮棒で音楽を伝えるとはいえ、実際には顔の表情で曲の雰囲気を伝えることも行います。たとえば、ベートーヴェンの『運命』の出だし、深刻な音楽のはずの「ジャジャジャジャーン」をヘラヘラ笑いながら指揮をしたら、オーケストラは戸惑ってしまうでしょう。

 少し専門的な話をすると、作曲家は「切なさ」を表す際に、あえて明るい調性で作曲する場合があります。たとえば、日本の民謡『ふるさと』などのように、一見、明るい音楽に聴こえるものの、過去の懐かしい思い出を振り返っている哀愁のような切ない気持ちを表現している曲もあります。そんな時、指揮者は指揮棒だけでなく表情の違いによって、音楽の雰囲気をオーケストラに伝えたりする場合も多いのです。

 ここで、忘れられない経験を思い出しました。あるコンサートで、特別な趣向のために、ライティング(照明)を多用していたことから舞台上は暗く、指揮者もオーケストラも譜面灯をつけていました。ちなみに譜面灯というのは、オペラのオーケストラ等でよく使うもので、暗い場所でも楽譜をしっかりと見るために譜面台に取り付ける照明器具です。指揮者には、オーケストラが指揮棒もよく見えるように特別なスポットライトも当てられるのですが、それが少し暗めだったのです。

 本番前の最終リハーサルのあと、日本を代表する打楽器奏者から「指揮者の顔がよく見えないから叩けない」とのクレームが出ました。打楽器は楽器を叩く演奏スタイルなので、指揮棒が振り下ろされたら叩けばいいのではないかと思われるかもしれませんが、実際には、そんな簡単な楽器ではなく、全体の音楽を見渡しながら、指揮者の音楽を先取りし、叩き方を変えていきます。そのため、指揮者の表情が見えないと、どう叩いてよいかわからないという指摘で、僕は「なるほど」とうなってしまいました。それほどまでに、指揮者の表情は大切なのです。

 ちなみに、表情でコミュニケーションを取るのは、指揮者とオーケストラだけではなく、オーケストラの楽員間でも頻繁に行われています。そこには、「演奏中は何が起こったとしても声を出せない」という大前提があります。たとえば、他の奏者の音と合っていなかったとしても怒鳴るわけにもいかないので、そんな時は「合わそうよ」などと表情でコンタクトを取り合うのです。実際に、コンサート中のオーケストラは、お互いの表情によるコミュニケーションで賑やかなのです。

「これまでとはちょっと違った、素敵なことをやるからね」と、ソリストから指揮者に顔でメッセージを送ってきたりすることもあります。実際に、すごく良い音楽になった時には、僕も「素晴らしい」と相手ににっこりとほほ笑んだり、相手もそれに対して満足げな表情を浮かべたりします。こういうやりとりがあると、「やっぱり音楽をやっていてよかった」と心から思います。

 現在は、もちろんリハーサル中にはマスク着用が原則です。そして状況に応じて、コンサート中でも着用することもあるので、こういう素敵な時間が少なくなってしまいました。とにかく早く、通常に戻ってほしいと願うしかありません。

 その半面、相手に対する不満もマスクが隠してくれるので、トラブルは減っているかもしれません。読者の皆さんはいかがでしょうか。
(文=篠崎靖男/指揮者)

2021年10月10日(日)開演14:00 すみだトリフォニー大ホール
一柳慧 弦楽オーケストラのためのインタースペース
リヒャルト・シュトラウス 『4つの最後の歌』
 ソリスト 山畑晴子
グスタフ・マーラー 交響曲『大地の歌』
ソリスト 池田香織、安藤英市
イル・テアトロ・フィルハーモニー管弦楽団
指揮 篠崎靖男
全席指定 S席・5500円、A席・4000円
チケットぴあ http://t.pia.jp TEL 0570-02-9999

オーケストラもマスク着用で混乱…実は表情でのコミュニケーションが超重要の画像2

●篠﨑靖男
 桐朋学園大学卒業。1993年アントニオ・ペドロッティ国際指揮者コンクールで最高位を受賞。その後ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクール第2位受賞。
 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後、英ロンドンに本拠を移してヨーロッパを中心に活躍。ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団、BBCフィルハーモニック、ボーンマス交響楽団、フランクフルト放送交響楽団、フィンランド放送交響楽団、スウェーデン放送交響楽団など、各国の主要オーケストラを指揮。
 2007年にフィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者に就任。7年半にわたり意欲的な活動でオーケストラの目覚ましい発展に尽力し、2014年7月に勇退。
 国内でも主要なオーケストラに登場。なかでも2014年9月よりミュージック・アドバイザー、2015年9月から常任指揮者を務めた静岡交響楽団では、2018年3月に退任するまで正統的なスタイルとダイナミックな指揮で観客を魅了、「新しい静響」の発展に大きな足跡を残した。
 現在は、日本はもちろん、世界中で活躍している。エガミ・アートオフィス所属
オフィシャル・ホームページ http://www.yasuoshinozaki.com/

情報提供はこちら

オーケストラもマスク着用で混乱…実は表情でのコミュニケーションが超重要のページです。ビジネスジャーナルは、連載、, の最新ニュースをビジネスパーソン向けにいち早くお届けします。ビジネスの本音に迫るならビジネスジャーナルへ!

RANKING

17:30更新