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舘内端「クルマの危機と未来」

ホンダ、最も困難な選択「エンジン全廃」の裏にEVでの勝利の確信…第二の創業へ

文=舘内端/自動車評論家
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 しかも、フォードは「どんな巨額の資金を投じようとも、マスキー法をクリアする自動車は1975年1月1日までに開発できない」と議会に訴えるまでになっていた。マスキー法は1974年春には施行される予定であったにもかかわらずだ。

 しかし、数ある世界の自動車メーカーでただ1社、ホンダは違った。「わが社は環境技術(のレース)でも勝つ」と宣言し、その技術である「CVCCエンジン」を発表したのだった(1973年)。ホンダは世界でもっとも厳しいマスキー法と呼ばれた排ガス規制を、名だたる名門自動車メーカーを差しおいてクリアしてみせた。環境技術の開発という勝負でも、やるからには勝つのであった。

 CVCCエンジンを積んだシビックを1973年に国内で発売、1974年に米国で審査に通り、75年から米国に輸出を始めた。ちなみにこの時のCVCC認定の担当者が、のちに社長になる福井威夫であった。

エンジンを捨てて勝つ

 広報資料によれば、ホンダの三部敏宏社長は、今を「第二創業期」だという。創業者は本田宗一郎である。彼はエンジン技術者であった。たゆまずエンジンを改良することで、今日のホンダをつくった。エンジン(技術)でホンダをつくり、成長させた。これが創業第一期である。

 だが、同じエンジン技術者である三部社長は違う。「10年、20年、30年のスパンで考えると、エンジンではホンダは立ち行かない」という。それは、「エンジン技術者だからわかる」ことだという。とことんかかわった分野であれば、その可能性と限界は、はっきりとわかるものなのだろう。

 伝統のエンジンでは立ち行かないのであれば、ホンダは変わらざるを得ない。とすれば、「今が改革の絶好のチャンスだ」。そして「エンジンを捨てることで、ホンダの未来を拓こう」と決意したという。第二創業期の始まりである。

 何かを手に入れて勝つ勝負もあれば、もっとも大切なものを捨てて勝つ勝負もある。後者は捨てることで退路を断ち、決意を新たに、しかも強固なものにする戦法である。追い込まれると「窮鼠、猫を嚙む」のだ。

とことん議論して、考え抜いて

 今、自動車メーカーを襲っている嵐は、1886年に自動車が誕生して初めて遭遇する、とてつもないハリケーンである。2050年の脱炭素は、対立国、友好国の区別もなければ、どんな人種も、どんな年齢の人も、地球人はすべて従わなければならない約束である。

 世界で排出される二酸化炭素(CO2)の20%を占める自動車は、変わらなければならない。そして、それが可能なのは2050年までのスパンではEV(電気自動車)である。HEV(ハイブリッド車)含めて、三部社長も言うようにエンジンでは無理である。ホンダにとってEVは、第一創業期を成長に導いたかつてのCVCCなのだ。

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