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湯之上隆「電機・半導体業界こぼれ話」

TSMCの米国工場建設計画も米国の半導体製造強化策も破綻すると予想される根拠

文=湯之上隆/微細加工研究所所長
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米商務省のレモンド長官の恫喝

 ここまでをまとめると、半導体製造能力が低下し、最先端の微細化からも脱落した米国がTSMCを誘致することになり、そのために補助金520億ドルを出すことを決め、その根拠となる法案を議会に提出した。この法案は上院では可決されたが、半導体不足が一向に解消されないことから、下院ではいまだ可決されていない。

 この補助金をめぐっては、TSMCをライバル視しているサムスンも米国に新たなファンドリーを建設することを表明し、受給を狙っていると考えられる。また、ファンドリーに進出することを打ち出したインテルのCEOは、「その補助金をTSMCではなくインテルによこせ」と異議を唱えた。

 そして、米商務省のレモンド長官が9月23日、半導体のサプライチェーンに関する会合を開き、TSMC等に対して「もし補助金520億ドルを投じる法案を成立させたいのなら、半導体の出荷に関する詳細な情報を45日以内に提出せよ」という内容の発言を行った(10月21日付日経新聞より)。

 この発言は、TSMCに対する恫喝である。前掲記事によれば、TSMCの法務担当の最高責任者は10月6日、台湾で開催されたフォーラムで「顧客情報を漏らすことは絶対にしない」と述べ、米国の要求を受け入れる気は一切ないことを表明したという。

TSMCの創業者のモリス・チャン氏の怒り

 もともと、TSMCは米国に進出したかったわけではない。米国政府が頭を下げて頼み込んできたので、「補助金を出すのなら半導体工場をつくってもいい」ということになったのだろう。「その米国政府が“補助金が欲しいなら、顧客情報を出せ”とは何事か!」と、TSMCの創業者であるモリス・チャン氏は堪忍袋の緒が切れてしまったようである。チャン氏は10月26日に台北市内で行われた講演会で、米国政府やインテルに対して、以下のように怒りをぶちまけたという(10月28日付日経新聞より)。一部以下に引用する。

「私は、こいつ(ゲルシンガー氏)を含め、インテルのCEOを歴代みな知っているが、彼は(礼儀知らずの)無礼者だ」

「(交流もあったゲルシンガー氏が最近、米国が半導体を調達する上で)台湾や韓国は非常に危ないと(米当局に)盛んに宣伝し、訴えている。そして自らは米政府から520億ドルの補助金を得て、米国に工場を建設しようとしているのだ」

「米国は今後、世界の42%の半導体生産シェアを確保した1990年代の強い時代に戻りたいのだろうが、かなり難しい。米国はコストが高すぎる。(生産強化は)米国の半導体の競争力向上にもつながらない。1000億ドル以上かけても、米国でサプライチェーンを整備できない」

「こいつ(ゲルシンガー氏)は5年前にも無礼なことがあったが、今もTSMCに対して失礼だ。今日(の講演)はそのお返しをしているだけだ」

「もう米国は昔のような(半導体が強い)国に戻ることは不可能だ」

 インテルのゲルシンガーCEOを「こいつ」と呼んでいることから、米国政府やインテルに対する、チャン氏の怒りがどれほど凄まじいかがわかるだろう。

520億ドルの補助金が出なかったらどうなるか?

 TSMCがレモンド商務長官の言う通りに11月8日までに詳細な顧客情報を提出することはあり得ないだろう。その場合、520億ドルの補助金を投じる根拠となる法案が下院で否決される可能性が高い。そうなると、米国の半導体製造を強化するための520億ドルの補助金は支出されない。

 それは、どのようなことを引き起こすだろうか? 

 アリゾナにファンドリーの建設を開始したTSMCは「話が違う」と言って建設を中止し、米国でのファンドリー事業を止めるのではないか。そうなると、TSMCに対抗しようと170億ドルを投じてファンドリーを建設しようとしていたサムスンも、申請を取り下げるかもしれない。さらに、「その補助金はTSMCではなく、我々によこせ」と言ったインテルも、ファンドリーへの進出を断念する可能性がある。

 つまり、米国ではファンドリーの強化はすべて雲散霧消するのではないか。そして、この米国の動向は世界中に伝播するかもしれない。例えば、欧州が支出しようとしていた17兆円は見直されるかもしれない。また、米国の同盟国である日本がTSMCを誘致して4000~5000億円を支援する計画にも影響が出るかもしれない。

 11月8日に、TSMCが米国政府に対してどのような行動をとるか、世界中が注目している。

(文=湯之上隆/微細加工研究所所長)

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●湯之上隆/微細加工研究所所長

1961年生まれ。静岡県出身。1987年に京大原子核工学修士課程を卒業後、日立製作所、エルピーダメモリ、半導体先端テクノロジーズにて16年半、半導体の微細加工技術開発に従事。日立を退職後、長岡技術科学大学客員教授を兼任しながら同志社大学の専任フェローとして、日本半導体産業が凋落した原因について研究した。現在は、微細加工研究所の所長として、コンサルタントおよび新聞・雑誌記事の執筆を行っている。工学博士。著書に『日本「半導体」敗戦』(光文社)、『電機半導体大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北』(文春新書)。

・公式HPは http://yunogami.net/

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