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『アメトーーク!』視聴率が全盛期の3分の1に激減した深刻な理由

文=編集部
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「アメトーーク! | テレビ朝日」より
アメトーーク! | テレビ朝日」より

 今年8月17日、32年の歴史に幕を閉じた雨上がり決死隊。長年、苦楽をともにしてきた宮迫博之と蛍原徹は、それぞれ別々の道を歩み始めた。

 彼らの代表的な番組といえば『アメトーーク!』(テレビ朝日系)だ。解散後は「雨上がり決死隊のトーク番組」という冠の呼称が外されたものの、番組自体は今も継続。蛍原の隣には、週替わりで人気芸人が脇を固めている。

 雨上がりを一躍スターダムに押し上げた『アメトーーク!』を、今一度振り返ってみたい。

「2003年4月8日、月曜深夜24時16分から、前身番組の『アメトーク!』が30分番組としてスタート。このときは、今のような“くくり”形式の座組みではなく、ゲストを呼んでトークするという普通の番組でした。記念すべき初回の視聴率は世帯6.2%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)と今考えると立派ですが、当時としてはごく平凡な数字でした。

 しかし、その1年後の2004年6月14日、“くくり”トークの先駆けとなる『メガネ芸人』の回が放送されます。視聴率こそ世帯6.8%と初期とあまり変わりませんが、番組の認知度が向上するきっかけとなりました。

 さらに、その1年後の2006年3月20日、品川庄司・品川祐がプレゼンした『ひな壇芸人』が放送。視聴率は世帯8.7%でしたが、業界内で大反響を巻き起こし、『ひな壇芸人』という言葉とともに番組の注目度が一気に上昇しました。その勢いを受けて、同年10月12日からは放送枠が現在の木曜23時15分からとなり、タイトルも『アメトーーク!』に改名。そこから、一気に人気番組への道を駆け上がっていきます」(芸能ライター)

 2007年2月8日の「昭和47年生まれ芸人」は世帯12.3%、2008年4月24日の「エヴァンゲリオン芸人」は同12.8%。さらに同年、一大ブームを巻き起こした、あの伝説の回が放送される。

「2008年6月19日、『家電芸人』がオンエアされ、世帯15.2%という、23時台とは思えない数字を記録したのです。スタジオの盛り上がりから、翌週26日も同じテーマで放送され、こちらも同12.3%と高視聴率でした」(同)

 この「家電芸人」という言葉は、2009年ユーキャン新語・流行語大賞にノミネートされた。さらには、サバンナ・高橋茂雄が企画し、2009年1月のギャラクシー賞にも輝いた「中学の時イケてないグループに属していた芸人」(世帯12.6%)から博多華丸・大吉の博多大吉が、「人見知り芸人」(世帯13.3%)からはオードリー・若林正恭が注目されるなど、『アメトーーク!』は芸人たちの登竜門的存在として認知されるようになっていく。

「当時、テレ朝の23時15分の枠は無双状態。月曜は『もしものシミュレーションバラエティー お試しかっ!』、火曜は『「ぷっ」すま』、水曜は『シルシルミシル』、そして木曜の『アメトーーク!』と、強力ラインナップで他局を圧倒していました」(同)

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