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日本の半導体製造が凋落した理由…TSMCが台湾を離れないのは国策?

文=白川司/評論家、翻訳家
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 日本の半導体産業凋落においてもうひとつ留意すべきなのは、日本企業が半導体の分業化についていけなくなった点だ。

 当時の日本では、半導体は垂直統合でひとつの企業が設計から生産をするのが当たり前だったが、技術の進歩によって新工場建設に莫大な資金が必要となり、水平分業が進むなかで垂直統合型の日本企業が乗り遅れたという面がある。

 日本の半導体産業の凋落は、アメリカの意志と共に、日本が水平分業の波についていけず時代に取り残されたという、2つの要素があるわけだ。

 同じ垂直統合型だったアメリカのインテルは高価格帯の半導体をつくっていたために、日本企業のような憂き目に遭うことはなかったのである。

三つどもえを勝ち抜いたTSMC

 半導体産業の「覇権」が日本から台韓中に移っていくなかで、最先端半導体の製造に特化して果敢に大型投資を続けた台湾積体電路製造(TSMC)、韓国・サムスン、そして垂直統合型を維持し続けたアメリカ・インテルが“三強”として生き残ることになった。

 その三つどもえの戦いで圧倒的な力でトップをとったのが、TSMCだった。

 TSMC創業者であるモリス・チャンこと張忠謀(ちょう・ちゅうぼう)氏は、中国浙江省の経済都市である寧波市出身だが、国民党と共産党の内戦のさなかに香港に移住し、さらにアメリカに渡ってハーバード大学に入学、MITに編入して、テキサス・インスツルメンツに勤めるなど、一貫してアメリカで半導体畑を駆け抜けてきた多国籍型の人物である。

 その後、中華民国に招聘されて台湾の科学技術を担う財団法人のトップとなり、1987年にTSMCを設立している。いわば、自らの最後のアイデンティティを台湾に特化して、台湾と一体化してTSMCを育て上げてきた経営者だといえるだろう。

 TSMCが成長した背景には、張氏の卓越した能力とともに、浙江省出身であることを生かして人件費の安い中国工場を使えたこと、そのバックに中華民国政府が付いており、政経一体で莫大な投資にも耐えられたことが挙げられる。

 後者については韓国におけるサムスンもまったく同じであり、国を挙げて半導体製造に乗りだしていた。また、だからこそ日米交渉で一方的にアメリカに押されて政府も官僚も頼りなかった日本企業がついていけないのも、当然だったといえる。

 だが、それとは別にTSMCは大きなハンディを背負っている。それはTSMCの本国である台湾が、常に中国に狙われており、いつ侵攻されて併合されるかわからないことだ。つまり、地政学リスクにもっとも強く晒されているのがTSMCなのである。

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11:30更新
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