NEW
江川紹子の「事件ウオッチ」第193回

【伊藤詩織さんネット中傷訴訟】江川紹子が考える“賠償金額の低さ”と“単純RTの意味”

文=江川紹子/ジャーナリスト
【この記事のキーワード】, ,

朝日新聞報道を「捏造」とした民事訴訟の損害賠償額200万円、伊藤詩織さんへの賠償額は80万円?

 右派メディアや言論人などは、当時の安倍晋三首相と近しいとされた山口さんを擁護し、伊藤さんへの反論を展開するなど、本件は極めて政治的な色合いを帯びた。激しいバッシングにさらされた伊藤さんは、日本を離れざるを得なくなったほどである。その後も、自民党の杉田水脈衆院議員が、英BBCの取材に「男性の前で記憶がなくなるまでお酒を飲んだ」「女として落ち度がある」と伊藤さんを非難するなど、バッシングは続いた。

 はすみさんのイラストは、そうした伊藤さん叩きのなかで象徴的な存在になり、広く拡散した。はすみさんのアカウントは、2020年5月27日現在で約4万3000人のフォロワーがいたうえ、「枕営業大失敗!!」など4枚の絵がつけられたツイートは2517回もリツイートされた。

 アカウントはすでに凍結され現在は見ることができないが、Googleなどで検索すれば、イラストは今なお閲覧可能な状態だ。ネットによる誹謗中傷は、雑誌や書籍、放送などによるものより、回収が難しい分、影響が長く残りやすい。伊藤さんの場合も、伊藤vs山口訴訟の一審判決やその報道によって社会的評価はかなり回復したといえるだろうが、「社会通念上許容される限度を超えた侮辱行為」は今なお進行中だ。精神的な苦痛が取り除かれたとはいえないだろう。

 ところが、この判決が認めた損害額は、「80万円」だった(請求金額は500万円)。しかも、算定基準が明らかでない。

 この判決の2日後、森友学園や加計学園をめぐる報道を「捏造」「虚報」などと書かれ名誉を傷つけられたとして、朝日新聞が文芸評論家の小川栄太郎氏と書籍の出版元の飛鳥新社を訴えた裁判の控訴審判決が出された。東京高裁は、小川氏と同社に計200万円の賠償を命じた東京地裁判決を支持し、双方の控訴を退けた。

 地裁判決では、小川氏の書籍の記載は、朝日新聞の「報道機関としての名誉及び信用を直接的に毀損する」とする一方で、出版によって朝日新聞社に多数の苦情が寄せられたり、取材が困難になるなどの被害は認められないとして、この金額を認定していた。

 事案の内容は異なるものの、どちらも政治的な色合いの濃い誹謗中傷だ。新聞社という企業が被害に遭った場合は200万円の賠償額が認められるのに、誹謗中傷を一身に浴びて日本にいられなくなった個人への賠償額が80万円というのは、どのような算定基準によってなされたものなのだろうか。

 ネット上の人権侵害に詳しい中澤祐一弁護士は、「裁判の相場からすると、これでも『やや高いほう』です。今回の裁判所も、一応高めにという判断はしたのだろうと思います」と指摘する。

 しかし、これで妥当な金額といえるだろうか。

「ネット中傷の慰謝料は100万円がひとつの壁になっており、相場が不当に低いのです」

 中澤弁護士によると、裁判実務では交通事故の慰謝料は定式化されており、通院5カ月で100万円強だという。

「ネット中傷では、PTSDに苦しむ方や自死される方もいらっしゃいます。相場のほぼ上限の金額が、交通事故の通院5カ月レベルというのはおかしいのではないか」

 相場が高額化し、表現の萎縮を招くような事態は望ましくないが、今回のように「社会通念上許容される限度を超えた侮辱行為」を何度も繰り返す場合には、もう少し被害に見合う賠償額が必要ではないのか。

RANKING

11:30更新
  • 連載
  • ビジネス
  • 総合