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江川紹子の「事件ウオッチ」第193回

【伊藤詩織さんネット中傷訴訟】江川紹子が考える“賠償金額の低さ”と“単純RTの意味”

文=江川紹子/ジャーナリスト
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単純リツイートは、「誹謗中傷ビラを街頭に貼る行為」と同じく“賛同”を意味するか?

 この裁判は、なんのコメントもつけずに単純RTした男性2人の行為を、裁判所がどのように評価するかについても注目されていた。

 判決は、単純RTの意味について、次のように判示している。

〈コメントの付されていないリツイートは、ツイッターを利用する一般の閲読者の普通の注意と読み方を基準とすれば、(中略)特段の事情のみとめられない限り、(中略)当該元ツイートの内容に賛同する意思を示して行う表現行為と解するのが相当であるというべきである〉

 果たしてそうだろうか。

 私自身は、「賛同」の表明というより、新たな情報や視点、あるいは興味深い写真などを「紹介」する場合が多い。後から自分のコメントをツイートしようと思いながら、ほかのことに意識が向くなどして、しそびれる時もしばしばだ。

 先の中澤弁護士は、誹謗中傷の被害者救済の立場から、自身が所属する事務所のホームページに、今回の判決に関する論考「名誉毀損ツイートをリツイートすることは違法なの?」を掲載。単純RTを「賛同」ととらえた判断を批判し、こう書いている。

〈賛同しない中立的な立場であっても名誉毀損表現を拡散する行為は、被害を拡大させる〉
〈被害者の方々が問題視するのは「賛同」という話ではなく、単純に自らの権利を侵害するツイートが多くの人に向けて拡散されているという客観的状況です〉

 今回の裁判所の判断は、橋下徹・元大阪府知事が、自身に批判的なツイートをRTしたジャーナリストの岩上安身さんを相手取って起こした裁判で、2019年9月に大阪地裁が出した判決とまったく同じだ。

 ただ、大阪地裁の判断は、控訴審で改められている。2020年6月の大阪高裁判決は、こう判示した。

〈元ツイートの表現の意味内容(中略)他人の社会的評価を低下させるものであると判断される場合、(中略)当該投稿を行った経緯、意図、目的、動機等のいかんを問わず、当該投稿について不法行為責任を負うものというべきである〉

 つまり、「賛同」の意図があろうとなかろうと、名誉毀損のツイートをフォロワーにも見られるように拡散する行為は、特別な事情がない限り不法行為とみなす、というわけだ。

 曽我部真裕・京都大教授(憲法・情報法)は、「大阪高裁のほうが、今までの(名誉毀損についての)伝統的な考えを、素直に反映していると言えるでしょう」と語る。

 司法判断における「伝統的な考え」では、たとえば、誹謗中傷ビラを街頭に貼った人は、そのビラを自分が作っていなくても責任を問われる。他人が書いた誹謗中傷の文章を自分のブログのなかで紹介すれば、やはり責任を免れない。そうした考え方をSNSに応用すれば、他人のツイートをそのままRTした場合は、経緯や意図を問わず責任を負う、という論法になる。

「ただ、今回の東京地裁判決が、あえて大阪高裁判決を否定したとすると、RTしただけで名誉毀損になるとすることの危険性を考慮したのかもしれない」と曽我部教授は推測する。

「ビラを貼ったりブログで引用したりする行為は、それなりに手間もかかり、わりと意識的に行われる動作です。一方、RTは深く考えないまま、反射的に行ってしまう場合がある。その違いがあるのに、RTをビラ貼りなどと同じにとらえるのは(名誉毀損の)幅が広がりすぎると考えたのでは」

 それに、単純RTを「経緯、意図、目的、動機等のいかんを問わず、不法行為責任を負う」としてしまうと、次のようなケースが出てくる可能性がある。元ツイートが誤報で、それと知らずに単純RTして拡散した人がいた場合、元ツイートを発した者は「真実と信じる相当の理由」あれば、名誉毀損の責任を問われない。ところが、単純RTをした人は、理由を問わず責任を負わなければならなくなる。

「そうなると、RTはかなりリスクの高い行為となってしまう。なんらかの形で(大阪高裁の判断を)修正をして、RTの自由を確保するようにしたほうが望ましいのではないか」と曽我部教授。

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