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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

指揮者の聴覚はどれほど鋭い?指揮コンクールの壮絶な試験内容と舞台裏

文=篠崎靖男/指揮者
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 そのなかで当てるのが結構難しいといわれているのは、ホルンのパートをトロンボーンが吹いている場合です。ホルンとトロンボーンは、見た目も楽器の特徴もまったく違うのですが、トロンボーンがホルンの音色を真似すると、実に似ているのです。そこを正確に聞き分けて、「ホルンとトロンボーンが入れ替わっている!」と当てられれば正解というわけです。

「そんなに簡単な問題、自分でもわかるよ」というオーケストラ愛好家もいると思います。しかし、実際にはホルンかトロンボーンが吹いているのを目で確かめながら、耳を傾けていることもあるのでしょう。

 余談ですが、そんな指揮コンクール、もちろん意地悪クイズのようなことばかりやっているわけではなく、一次審査ではピアノを指揮する場合もありますが、一次、二次から準決勝、決勝まで、実際にオーケストラを指揮して、音楽性とオーケストラをコントロールする能力を厳しく審査されます。

指揮コンクールは順番が結果を大きく左右

 僕が第2位を受賞した、フィンランドで行われたシベリウス国際指揮コンクールを例に取ると、第一次審査では、まず10分程度、課題曲を指揮しました。大概のコンクールで、第一次審査はベートーヴェンが課題として選ばれることが多いです。ベートーヴェンは指揮者にとっても、基本中の基本なのです。ただし、ここに指揮コンクールならではのクジ運が加わります。ピアニストやヴァイオリニストのように、自分の楽器を演奏するのとは違う点です。

 それは、実際にオーケストラを指揮することが原因です。オーケストラは事前練習をしてこないことが多く、仮にしたとしても、審査員のひとりが1回だけさっと指揮をするくらいです。そのため、ある有名な大指揮者が弟子に「トップバッターに選ばれたら、もう仕方ないよ」と言ったように、トップバッターが張り切って指揮をしても、オーケストラの楽員はまだ楽譜に目を釘付けにしている状態で、アンサンブルもまとまっておらず、指揮者としては、にっちもさっちもいかない状況になります。

 実は、僕も別の海外でのコンクールで、そんな経験をしたことがあります。難曲にもかかわらず、オーケストラは初めて楽譜を見ているらしく、その後に続く指揮者のための練習をしたような感じとなりました。3~4人が指揮をした後はアンサンブルもばっちりで、その後の指揮者はそれに乗っかって調子よく指揮できるので、高得点が期待できることになります。

 そうやって、各々の指揮者が悲喜こもごも指揮を終えた後、翌日のラウンドに進めるメンバー発表が行われます。今までべらべら話していた指揮者の卵たちが、一斉にシーンとなる瞬間です。決勝には4名程度が進めるので、準決勝で8人残っていたとして、仮に自分が6番だった場合、「1番、3番、7番……」と発表が進めば、その時点で涙することになります。しかし8番だったしたら、7番を読み上げられた瞬間に残りは自分だけなので、「やったー」となります。

 とはいえ、大喜びでホテルに戻っても、翌日にはまた厳しく審査されるわけですから、青い顔をして楽譜を広げることになります。コンクールによっては、勉強しきれないほどたくさんの課題を出しておいて、「明日はこれとこれを指揮して」と急に言われることもあり、もしあまりなじみがなかった曲が課題になったとしたら、徹夜で準備することになるのです。

 余談ですが、コンクールを受けるためには多額のお金もかかります。参加費はたいしたことはないのですが、指揮コンクールは一年に世界中で2~3会場しかなく、今年は「フランス、イタリア」、来年は「フィンランド、デンマーク、そして日本」と、渡航費も宿泊費も自腹で向かうのです。もちろん、入賞すれば150万円、100万円などと、経費を差し引いてもおつりがくるような賞金をもらえますが、途中で落ちてしまった指揮者には何もなく、記念品のタオルとかペンなどをもらって帰りの飛行機に乗るわけです。

 それでも、コンクールの結果によって、その後の人生が大きく変わることは確かです。今まで見向きもされなかった若い指揮者に、オーケストラからの指揮依頼がたくさん舞い込んでくることもあり、まるで漫才コンビのコンクール「M-1グランプリ」のように、壮絶な戦いになるのです。

 そんな指揮者コンクールですが、「あの指揮者は良いね。指揮棒から音が見える」という褒め言葉があります。文章的には変なのですが、実際にオーケストラの楽員は指揮棒を見ながら、指揮者の求めている音を想像して演奏します。考えてみたら不思議なことですが、音楽家であってもやはり感覚の大部分が視覚ですので、自分でも気がつかないようなさまざまな情報を視覚から得ているのでしょう。

(文=篠崎靖男/指揮者)

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●篠﨑靖男
 桐朋学園大学卒業。1993年アントニオ・ペドロッティ国際指揮者コンクールで最高位を受賞。その後ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクール第2位受賞。
 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後、英ロンドンに本拠を移してヨーロッパを中心に活躍。ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団、BBCフィルハーモニック、ボーンマス交響楽団、フランクフルト放送交響楽団、フィンランド放送交響楽団、スウェーデン放送交響楽団など、各国の主要オーケストラを指揮。
 2007年にフィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者に就任。7年半にわたり意欲的な活動でオーケストラの目覚ましい発展に尽力し、2014年7月に勇退。
 国内でも主要なオーケストラに登場。なかでも2014年9月よりミュージック・アドバイザー、2015年9月から常任指揮者を務めた静岡交響楽団では、2018年3月に退任するまで正統的なスタイルとダイナミックな指揮で観客を魅了、「新しい静響」の発展に大きな足跡を残した。
 現在は、日本はもちろん、世界中で活躍している。エガミ・アートオフィス所属
オフィシャル・ホームページ http://www.yasuoshinozaki.com/

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