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なお、非常用ドアコックのコックとは気体や流体の通る管に設けられた栓を指す。1990年代ごろまでの車両の扉は圧縮空気の力で開閉するものが大多数で、このような車両の扉を開けるには、普段は開いているコックを閉じて圧縮空気を抜くことで手動で扉が開けられるようになることから命名されている。
なお、近年製造される車両の扉はモーターによって開閉するものが主流となった。この場合、非常用ドアコックは扉が閉まっているときにかけられている機械的なロックを解除する役割を果たす。特に栓はないけれど、いままでのならわしで引き続き非常用ドアコックと呼んでいる。
いくつか補足したいのは、非常用ドアコックとは閉まっている扉にかけられているロックを解除するだけのための装置であるという点だ。たいていはレバー式となっている非常用ドアコックを説明に従って操作しただけでは扉は自動的に開かない。ロックが解除されたら取っ手を引いて乗客自身で扉を開ける必要がある。
それから、非常用ドアコックを操作したからといって、それだけで列車が動かなくなることはない。正確には非常用ドアコックを用いた後、手動で扉を開けると安全上の仕組みで停車中の列車は発進できなくなる。扉が閉まっていないのに列車が駅を出発してしまうといったトラブルを防ぐために採用された。
非常用ドアコックの副作用
実は大変言いにくいことなのだが、新幹線の一部の車両を除いて、非常用ドアコックは車両が走行中でも操作できてしまう。もちろん扉も開けられるのでとても危険だ。走行中は何が起きても絶対に操作しないでほしい。
非常用ドアコックは安全上必要なものだが、鉄道会社はできればあまり周知したくないと考えている。理由は単純で、いたずらされるのが嫌だからだ。そして何よりも、異常事態が起きたからといって乗客が何の指示もなく操作して線路に出てしまい、余計に危険な目、たとえば隣の線路を走っている列車にはねられてしまうといった事故を恐れているからである。
日本で初めて自動開閉式の扉を備えた車両は、1927(昭和2)年に営業を開始したいまの東京メトロ銀座線の車両であった。その後、太平洋戦争前には大都市を走るいまのJRの前身の国有鉄道や大手私鉄の電車を中心に普及している。非常用ドアコックも自動開閉式の扉とともに誕生したものの、その存在はあまり知られていなかった。やはりいま挙げた副作用を恐れていたかららしい。
ところが、1951(昭和26)年4月24日にいまの根岸線桜木町駅付近で国鉄の電車が火災事故を起こし、状況は一変する。非常用ドアコックの操作方法を知らなかった乗客は燃えさかる車両に閉じ込められ、106人もの人々が犠牲となったからだ。
事故後、車内に非常用ドアコックが増設され、併せて使い方が掲示されるようになった。「非常の時は下のハンドルを回すとドアは手で開けられます」(「国鉄線」1959年4月号、35ページ、交通協力舎)という具合にである。しかし、1960年代を迎えるころには非常用ドアコックはやっかいな存在となってしまう。衝突したとか火災が起きたというのであればともかく、列車が立ち往生しただけでも乗務員の指示に従わずに勝手に操作する乗客が続出したからだ。