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梅原淳「たかが鉄道、されど鉄道」

鉄道会社にとって悩ましい非常用ドアコック問題…危険性が解消されない意外な理由

文=梅原淳/鉄道ジャーナリスト
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 当時は国鉄であったいまのJR東日本東海道線浜松町-田町間の線路上で1960(昭和35)年6月14日の夕刻、信号機が故障して電車が立ち往生した。一説には乗客は1時間ほど車内に閉じ込められ、しかも悪いことに当時の国鉄の電車には車内放送装置の付いていない車両が多く、この電車でも何の案内もなかったという。しびれを切らした乗客の多くは非常用ドアコックを操作して次々に車外へと出て行く。すると、線路を歩いていた乗客のうち4人が他の電車にはねられて即死するという事故が起きてしまった。

 国鉄は1960年8月になって非常用ドアコックそばの表示を順次改め、「非常時以外は使わないでほしい」という旨の文言を加えている。また、車内の中吊り広告でも非常用ドアコックの正しい使い方、要は鉄道会社にとって望ましい用法をPRした。

非常時に用いるものを常用するのは危険

 以来、60年あまりが過ぎたが、非常用ドアコックの表示は振り子のように揺れ動く。懇切丁寧に記されているときもあれば、非常用ドアコック自体の表示すら出さないときもある。大まかに言うと、前者は大きな事故が起きた直後、後者は事故から時間が経過したときだ。現在は後者に該当する。

 それだけ非常用ドアコックの使い方は難しい。けれども2020年代にもなって解決できないのも考えものである。まずは新幹線の一部の車両と同じように走行中に操作できないように改めるべきだ。それから、非常用ドアコックで扉を開けた場合、「線路に降りる際には周囲の線路を走る列車に気をつけてください」との自動音声が流れるように改めるだけでも、利用者は車外に出る際に気をつけようと思うであろう。

 ほかにも非常用ドアコックに連動して車体側面に取り付けたセンサーやカメラが作動して周囲の状況を乗客に伝えるとともに、乗客が線路をどの方向に避難していったのかを運転士や車掌といった乗務員、それから指令所の指令員に知らせ、スピーカーを通じて乗客を安全に誘導する仕組みも考案されている。だが、ほぼすべての車両でそのような仕組みは搭載されていないし、導入されるかどうかも定かではない。

 設置コスト面での問題もあるけれど、それよりも大きい理由が存在する。非常用ドアコックを平常時にも使用するため、このような機能が作動すると煩わしいのだ。

 非常用ドアコックを常用する例は東京駅といった新幹線のターミナルに行けばそこかしこで目に付く。終着駅に列車が到着し、乗客が全員降りるといったん扉は閉められる。車庫に回送されるのではなく、再び営業列車として折り返す際、車内の清掃作業を担う人たちは非常用ドアコックを用いて扉を開け、車内へと入っていく。そして清掃を終えたら非常用ドアコックのレバーを元に戻して扉を閉める。

 筆者の意見は、非常時に用いるものを常用するのは危険だというものだ。非常用ドアコックを非常時にいかに安全に使うことができるのかを検討する際に、普段使っているのでそのときに不便にならないようにという矛盾した考えが混入してしまっては一向に問題が解決されない。まずは、非常用ドアコックを非常時だけのものと切り分けることから始め、そこから改良点を探るべきであろう。

(文=梅原淳/鉄道ジャーナリスト)

●梅原淳/鉄道ジャーナリスト

1965(昭和40)年生まれ。大学卒業後、三井銀行(現在の三井住友銀行)に入行し、交友社月刊「鉄道ファン」編集部などを経て2000年に鉄道ジャーナリストとして活動を開始する。『新幹線を運行する技術』(SBクリエイティブ)、『JRは生き残れるのか』(洋泉社)、『電車たちの「第二の人生」』(交通新聞社)をはじめ著書多数。また、雑誌やWEB媒体への寄稿のほか、講義・講演やテレビ・ラジオ・新聞等での解説、コメントも行っており、NHKラジオ第1の「子ども科学電話相談」では鉄道部門の回答者も務める。

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