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御嶽海は史上初の関脇で優勝3回…たった1人だけいる“優勝ゼロの横綱”とは?

文=小川隆行/フリーライター
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両国国技館の吊り屋根と土俵(「Wikipedia」より)
両国国技館の吊り屋根と土俵(「Wikipedia」より)

 大相撲初場所で横綱照ノ富士を下し、3回目の優勝を果たした関脇御嶽海。大関昇進を決定づけた一番は、関脇で3回目の優勝という大相撲史上初の快挙でもあった。大相撲の歴史を紐解くと、過去には一度も優勝していない横綱もいる。そこで、優勝にまつわる珍記録を振り返ってみたい。

関脇で2回以上の優勝は過去3人

 大相撲の長い歴史において、関脇優勝は過去に31回ある。このうち20回の優勝者は、大関昇進の目安である「3場所合計33勝(昭和初期は30勝)」をクリアして、優勝の翌場所に大関昇進を果たしている。

 関脇で2回以上優勝したのは、朝汐(1956年春場所、57年春場所)と照ノ富士(2015年春場所、21年3月場所)、そして御嶽海の3力士だ。

 朝汐は最初の優勝時が3場所合計29勝で昇進できず、二度目の優勝時に合計30勝で大関昇進。照ノ富士は15年春場所の初優勝(12勝3敗)で3場所合計33勝となり大関に昇進するも、2年後にケガで序二段まで陥落。復活を果たした21年春場所、関脇で12勝3敗=3場所合計36勝で大関に昇進した。

 御嶽海は18年名古屋場所、関脇で13勝2敗の初優勝を果たした際が3場所合計29勝。大関昇進がかかった翌場所も9勝6敗で、昇進を果たせなかった。二度目の優勝時(19年秋場所)も3場所合計30勝。「本気になります」と優勝インタビューで答えたが、翌場所は6勝9敗と負け越し。今回の前2場所は9勝・11勝。3場所合計33勝で、ようやく大関に昇進できた。

 過去の関脇優勝経験者は27力士。このうち24力士が大関に、16力士が横綱に昇進している。関脇優勝を果たした力士名を挙げると、栃錦、大鵬、輪島、北の湖、千代の富士など名横綱の名がずらりと並ぶ。関脇で2回の優勝をした朝汐と照ノ富士も横綱に昇進しており、御嶽海にかかる期待は大きい。

関脇で優勝も大関になれなかった2人

 関脇で優勝した力士のうち、大関昇進を果たしていない力士が2人いる。1972年春場所の長谷川と、2019年初場所の玉鷲(現役)だ。

 大相撲史上2位となる関脇在位21場所の記録保持者(1位は元大関琴光喜の22場所)である長谷川は、関脇在位15場所目の1972年春場所に12勝3敗で初優勝。この時点で3場所合計30勝となるが、翌場所で8勝7敗に終わり大関昇進ならず。関脇21場所中、2ケタ勝利はわずか3場所だった。

 当時は柏鵬時代(大鵬・柏戸)から輪湖時代(輪島・北の湖)へ変わる端境期で、一人横綱である北の富士の力が衰えていた。同年は初場所が栃東(11勝4敗 前頭5)、春場所が長谷川、夏場所が関脇輪島(12勝3敗)、名古屋場所が高見山(13勝2敗 前頭4)と、6場所中4場所で関脇以下が優勝していた。

 もう一人は2019年初場所の玉鷲だ。関脇在位6場所目は序盤に2敗を喫したものの、6日目以降10連勝。一度も勝ったことがなかった横綱白鵬を破り、誰も予想しなかった優勝を果たした。しかし、翌場所は5勝10敗で関脇から陥落した。今場所は6日目に横綱照ノ富士を破るなど、相撲巧者ぶりを発揮した。もう一度光り輝き、御嶽海らを苦しめてほしいものだ。

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