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大崎孝徳「なにが正しいのやら?」

客が値段を決める宿・はづ別館、一貫して黒字の秘密…「100円」をつける客も

文=大﨑孝徳/神奈川大学経営学部国際経営学科教授
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客値決めシステム、これからどうするか

 はづ別館が採用して話題となった「客が値決めするシステム」については5~6年前、テレビの取材時に、跡継ぎである息子が「やります」と宣言したため、どういう形式になるかはわからないが、恐らく今後も続いていくだろうという。

 加藤氏は客値決めシステムに関して、「自分が始めたことであったため、使命感のようなものがあり、続けてきた」と語っている。もちろん、息子がやるというなら頑張ってほしいが、重要なポイントは息切れせず、自然と自分のものになるかであると指摘する。加藤氏は性善説で頑張ってきたが、「100円の価格をつけられても耐えられるか」が成否の分かれ目になると分析している。

 もっとも、社会の変化、それに伴う価値観の変化を意識することは重要である。昔の旅館は、客が事前にわざわざ散髪に行き、良い服を着て綺麗にしてくる特別な場所であった。しかし、今はカジュアルな服装で自前のシャンプーを持ってくるなど、時代は大きく変わっている。

 たとえば、筆者も記憶があるが、昔は宿泊料が1万円であれば、1000円程度、接客担当者に手渡すといった客の気遣いは当たり前のごとく見受けたが、現在ではそうした慣習も消えてしまっている。旅館においても、合理的なサービスに徹するところが増えてきている。

 客値決めシステムは旅館・客双方が自然に気づかい合うという暗黙のルールのもとではうまく回っていたが(もちろん、息切れせず、徹する経営者の強い覚悟が求められるが)、現在のようにドライな関係が広まる世の中においては、さまざまな工夫が必要になってくるように感じられる。

 この点に関連し加藤氏は、「価値観」と同様に「評値」という言葉を流行らせたかったと語っている。たとえば、50円のボールペンなら一般に安いといわれるが、購入した消費者が書きにくいと感じれば、50円でも高いとなる。よって、はづ別館では、たとえば宿泊料を1万円と宿側が一応設定するが、客がチェックアウト時に6000円と判断すれば、その金額でよいという取り組みを行っていたこともあり、これを加藤氏は「評値」と名付けたのである。

 筆者は取材にあたり、はづ別館に宿泊し、特別に客値付けシステムを体験させていただいた。チェックアウト時にいくらと記入すべきかは、大変難しいというのが実感である。もちろん、もてなしてもらった相手に失礼があってはいけない。かといって、大盤振る舞いすることが正しいとも思えないし、そのような余裕もない。こうしたことを考えていると、宿の価値を評価するというよりも、まさに自分の価値が試されるように感じた。恐らく良識ある多くの客は大いに頭を悩ませることになるだろう。

 最近目にする客値決めのシステムは、売り手が最低料金のようなものを決めたうえで、満足度に応じて料金を上乗せして支払うものが多い。このシステムは欧米を中心に古くから一般化しているチップと実質的には変わらない。つまり、売り手が決めた定価のプラスアルファであるため、大きなリスクを伴うことはない。しかし、はづ別館が行っていた客値決めは、本体価格そのものを客に依存する。このシステムを継続して行っていくには、客もしくは人間への信頼、経営者としての強い覚悟が求められる。

 「一線を退いた」とおっしゃっていた加藤氏は75歳。いまだ大変エネルギッシュであった。よって、最後の大仕事として、現代の社会にマッチした客値決めシステムの構築および運用を軌道に乗せていただきたいと個人的には願っている。

 はづ別館におけるこうした取り組みは、高校の教科書に掲載される予定になっているという。もちろん、素晴らしいことではあるが、単なる仕組みの紹介ではなく、このシステムを実際に継続していく経営者やスタッフの覚悟のようなものにまで触れてほしいと思う。

(文=大﨑孝徳/神奈川大学経営学部国際経営学科教授)

『謝辞』
調査において大変お世話になった、株式会社はづ代表取締役会長・加藤浩章氏、ならびに、はづ別館のスタッフの皆様に心より御礼申し上げる。もちろん、本稿における誤謬はすべて筆者に帰属する。

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