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『新婚さんいらっしゃい!』降板…都市伝説まで生まれた山瀬まみの大物転がし力

文=編集部
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「新婚さんいらっしゃい! - 朝日放送テレビ」より
新婚さんいらっしゃい! – 朝日放送テレビ」より

 この春から『新婚さんいらっしゃい!』(テレビ朝日系)が大きく変わる。番組開始当初より51年司会を務めてきた桂文枝(元・桂三枝)が3月末で勇退し、4月から藤井隆へバトンタッチ。と同時に、文枝の横で25年アシスタントを務めてきた山瀬まみも卒業し、所属事務所ホリプロの後輩・井上咲楽にその座を譲るという。

 そもそも、山瀬とはどんな人物なのか? その半生を振り返ってみよう。

「山瀬を使えば長寿番組になる」という都市伝説

 1985年、山瀬は「第10回ホリプロタレントスカウトキャラバン」で優勝したことをきっかけに芸能界デビューを果たす。

「もともと、彼女はバリバリのアイドル歌手でした。松任谷由実作曲の『メロンのためいき』でデビューし、アイドルのど真ん中、正統派路線で出発。歌唱力にも定評があったのですが、中森明菜、小泉今日子、おニャン子クラブなど既存のアイドルに食われる形で不発でした。その後、同じくアイドルとしては不遇だったホリプロの井森美幸などともに、バラエティに活路を見出すようになります」(テレビ局関係者)

 ちなみに、当初は山瀬より井森の方が人気は高かった。90年に発表された「好きなタレント」調査(NHK世論調査部)では、女性部門の1位が山田邦子、2位・浅野ゆう子、3位・浅野温子、4位・和田アキ子、5位・森光子となっている。そして、続く6位に井森、7位の大原麗子を間に置いて、山瀬は8位に入っていた。

 その後、森口博子が大ブレイク。井森、山瀬、森口のバラドル3人娘がバラエティ界を席巻する。その中で、大物にも物怖じせず、井森や森口より機転の利くトークで名を売っていた山瀬が早々と抜け出した。

 91年4月、山瀬は三枝司会の『三枝の愛ラブ!爆笑クリニック』(フジテレビ系)の8代目司会に抜擢される。これは、前任だった同じホリプロ所属の榊原郁恵の後を受けたもの。ここで、山瀬は三枝の信任を得る。

 さらに同年4月、山瀬は『情熱ワイド!ブロードキャスター』(TBS系、のちに『ブロードキャスター』に改題)のレギュラーに抜擢される。担当したのは「お父さんのためのワイドショー講座」だった。このコーナーは、在京キー局のワイドショーの中で、何の事柄がどのくらい放送されたか、時間の長い順にランキングするという、当時としては画期的な企画。山瀬によるテンポの良い進行も相まって、大人気コーナーとなった。

「ここでも山瀬は、司会・福留功男を前に堂々と渡り合い“大物転がし”の異名をほしいままにします。業界人の間では『山瀬を使えば長寿番組になる』という都市伝説まで生まれたほどです」(同)

 この頃、同世代のバラドル勢力図にも変化が訪れていたようだ。

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