FinFETの12/16nmを生産することについては、デンソーが自動運転車用の、より高度な半導体を必要としているからだという。確かに、FinFET構造の12/16nmは、プレーナ型の22/28nmより高性能であるため、衝突防止などの運転支援や自動運転システムの一部に使うことができるだろう。
しかし、クルマのシステムがすべての運転操作を行い、その責任もシステムが担う「レベル4」および「レベル5」の完全自動運転(図3)には、より高度で高速動作が可能な人工知能(AI)を動作させる最先端半導体と高速通信半導体が必要である。そのAI半導体と通信半導体は、TSMCの最先端の5~3nmで製造する必要がある。したがって、このレベルの先端半導体は、残念ながらTSMC熊本工場では生産できない。
要するに、FinFETの12/16nmを熊本工場で生産できるようになったとしても、完全自動運転に必要な、より高度な半導体は生産できないということである。加えて、経産省が立案した「日本半導体産業の復活」のための政策には、致命的な欠陥があることを以下では指摘したい。一言でいうと、経産省の政策は自己矛盾に陥っている。
経産省の半導体戦略の概要
筆者が衆議院で「経産省が出てきた時点でアウト」と批判した直後の21年6月4日、経産省がHPで『半導体・デジタル産業戦略』を公開した。このサイトには4種類の関連資料が開示されているが、その中の『半導体戦略』の7ページ目に、「日本の凋落 -日本の半導体産業の現状(国際的なシェアの低下)」という題名のスライドがある(図4)。この図には、1988年に50.3%あった日本半導体産業のシェアは、2019年に10%まで低下し、このままいくと30年にほぼ0%になってしまうことが書かれている。
経産省の目的は恐らく、日本のシェアの低下を食い止め、再び1980年代の栄光を取り戻したいということなのだろう。ここで、「恐らく」と書いたのは、経産省の資料まとめ方の要領が悪く、「何のために何をするのか?」ということが明確にはわからないため、読み手が忖度するしかないことによる。
この「忖度」が正しいとして、経産省がTSMCを日本に誘致し、日本政府がTSMC熊本工場、キオクシア四日市工場と北上工場、マイクロン広島工場に補助金を投入したら、日本の半導体のシェアは上がるのだろうか? 以下でその是非を検討してみよう(図5)。
TSMC熊本工場のケース
TSMC熊本工場はファウンドリーである。ファウンドリーで生産した半導体をどの国籍に含めるかについては、考え方が2つある。一つは、ファウンドリーに生産委託したファブレスの国籍としてカウントする方式である。もう一つは、ファウンドリーの国籍としてカウントする方式である。まず最初の方式では、TSMC熊本工場に、どこの国のファブレスが生産委託したかが問題となる。もし、TSMC熊本工場の月産5.5万枚が、すべて日本向けの半導体であるなら、日本のシェアは向上することになる。
しかし、それは期待できない。恐らく、ソニーのCMOSセンサ-用ロジック半導体とデンソー向けの車載半導体を合計しても、月産5.5万枚のうちの20~30%にしかならないのではないかと思う。それ以外の70~80%は、日本以外の国籍のファブレスの生産委託になるだろう。
というのは、TSMCが日本の招致に同意した理由は、世界的に28nmが不足しており、その生産委託が世界中から殺到したためである。加えて、日本にはファブレスがほとんどなく、したがって、ソニーとデンソー以外にTSMCの12/16nmおよび22/28nmへ生産委託する日本の半導体メーカーは、ほぼ皆無だと思われるからだ。
さらにもう一つのケースの場合、つまりファウンドリーの国籍としてそこで生産した半導体をカウントする場合、株式持ち分は、TSMCが70%、ソニーが20%、デンソーが10%と推定されるから、日本のシェアの貢献度は月産5.5万枚の30%分にしかならない。