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松岡久蔵「ANA105便の真実―CAはなぜ帰らぬ人となったのか」(1)

「ANA経営陣の人災で妻を亡くした」CA昏睡で緊急着陸せず死亡、運航部門の指示に疑問

文=松岡久蔵/ジャーナリスト
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 OMCが行き当たりばったりの判断をしていたと考えざるを得ない。実際、今回の105便についての社内報告書には「課題」として、「今後、同様事例も想定されることから早朝深夜時間帯での目的地変更時、即応できる体制の構築が必要である」と記載されており、体制が不十分であったとの認識がANA側にあることがうかがえる。

 米国の医学分野の公的報告書では、600便ごとに1回の割合で「機内で医者を呼び出すような事態」が発生するとされており、急病人対応は国際線運航の基本中の基本である。

片野坂社⻑「国際線はジャストフライ」と発言、国内線にはない課題を軽視か

 ANAホールディングスの片野坂真哉社長(4月に社長退任・会長就任予定)は「文藝春秋」(文藝春秋/22年2月号)のインタビューに応じ、自身が進めた国際線拡大路線について以下のように答えている。

「『ANAは国際線を拡大したことがコロナで裏目に出た』という声も聞こえますが、私はまったくそう思っていません。実は、航空会社にとって国際線の新規開拓リスクはそれほど大きくない。(中略)『ジャストフライ』、空港と発着枠さえ確保できれば、そこに飛んでいけるわけです」

 ジャストフライという語感にはスタートとゴールさえあればいいという安易さを感じるが、実態はそうではない。国際線の緊急時対応には「航空会社」「新千歳空港の旅客ハンドリング会社」「国交省航空局(新千歳航空事務所)」「地元消防」「入国審査官(外務省)」「税関(財務省)」「検疫所(厚生労働省)」との連携が必要となるなど、国内線にはない課題が生じるためだ。ANAのパイロットOBはこう解説する。

「Tさんのケースでいえば、入国管理や検疫の職員が不在のままで、Tさんや付き添いのCAが入国し救急隊員と合流可能なのかなど、微妙なケースはすぐに想定されます。また、救急車を機側に入れるだけでもさまざまな手続きが発生する可能性もある。Tさんのような急病人がいる場合はさすがに人命優先されるとは思いますが、OMCのバタバタぶりを見ると、早朝深夜の国際線での緊急着陸での取り決めが不十分だったことが強く推認されます」

ANA現役パイロット「優秀な人材の退社で会社の飛行計画をますます信用できない」

 筆者は、105便の機長がTさんを救えなかったことで大きな精神的な負担を負ったと聞いている。取材に応じたパイロット全員、現役、OBを問わず、「もし私がその機長の立場でも、急病人を救えなかったという無念さと責任を全うすることができなかった自責の念に苛まれるだろう」と答えた。同時に「新千歳を目の前にして会社の指示に従った自分を悔い、危機管理体制がずさんな会社に憤りを感じる」という一致した見解を見せた。前出とは別のANAのパイロットはこう話す。

「ANAでは総合職の優秀な人材が次々に多く辞めており、OMCの作成する飛行計画にミスが多発、我々が見つけて修正しているのが現状です。間違った飛行計画を承認したら、パイロットの責任となり、乗務停止となるので、残念ながら最近は“会社を信用するな”というのが私たちの共通認識となっています。

 私も緊急の目的地変更をした経験があるのですが、その際も深夜で担当者がいないといった対応で手こずったことがあり、国際線を運航する会社とは思えないほど杜撰だといわざるを得ません。Tさんのような事例を二度と起こさないように現場がいくら頑張っても、全体を仕切るOMCのレベルがこれでは不安で仕方ない」

国交省の航空行政全体の問題、乗員乗客の安全へのチェック体制に甘さ

 羽田の深夜早朝枠を利用した国際線が始まったのは2010年10月であり、実に約10年もこの時間帯の急病人対応への懸念は放置されていた可能性がある。Tさんはそのエアポケットにはまり込み、帰らぬ人となった。Tさんの夫であるAさんは「この事件はCAに起きたことだから騒ぎにならなかっただけで、いつ乗客の身に起きても不思議ではない」と再発を懸念する。

 航空会社の至上命題は乗員乗客を安全に目的地まで届けることである。ここを抜かしてはどれほどカネを稼ごうと、多くの国との路線を開拓しようと、表彰されようと失格である。片野坂社長が今年2月10日に発した退任の社員向けメッセージでは、「15年社長に就任し、新入社員に『安全が全て』と羽田の格納庫の入社式で繰り返し呼びかけてスタート」したと強調した。しかし、Tさんへの対応を見る限り、片野坂社長をはじめとしたANA経営陣が乗員乗客の安全を最優先に経営してきたといえるのか、大いに怪しいといわざるを得ない。

 会社全体の運航計画や安全対策のレベルが下がれば、乗客はもとより、乗員にも本来起きてはならない負担や混乱が生じる。先の機長の精神的苦痛ももちろんだが、筆者は羽田に到着した105便のCAの様子について別会社のCAから「明らかに異常な精神状態だった」との証言を得ている。会社によるマネジメントが不十分なせいで現場の社員に命に関わるような重大なしわ寄せが来ることなど、あってはならない。

 国交省は、こうした起こりうる緊急事態に航空会社や空港機能が即座に対応できる仕組みを整えているのか、路線開設にあたって厳しく監督指導すべきではなかったのか。今回は「国際線の太平洋側からの窓口」だった新千歳空港だったが、東南アジアからの玄関口である沖縄の那覇空港などでも同様の抜け穴はないのか。徹底的に調査すべきだろう。

 2010年代、日本政府のインバウンド政策もあり、航空機の利用は非常に身近なものになった。筆者も、読者の皆様も乗客としてTさんのような状況に陥っていた可能性があることを考えると、誠に恐ろしい。ANAはこれまで進めてきた安易な路線拡大から安全運航の基盤作りへと方針を転換し、顧客の信頼に応えるべきではないだろうか。

(文=松岡久蔵/ジャーナリスト)

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【本連載はこちら】

(2)ANA、CAが勤務中に死亡、連続6日の過酷労働…病歴申告も無視、国際線勤務に編入

(3)勤務中のCA死亡、ANAが葬式で隠蔽行為か、遺族が告白…報告書で事実を歪曲か

「ANA経営陣の人災で妻を亡くした」CA昏睡で緊急着陸せず死亡、運航部門の指示に疑問の画像2●松岡 久蔵(まつおか きゅうぞう)

Kyuzo Matsuoka

ジャーナリスト

航空、防衛などを幅広くカバー。特技は相撲の猫じゃらし。現代ビジネスや⽂春オンライン、東洋経済オンラインなどにも寄稿している。情報提供はツイッターまで。https://twitter.com/kyuzoleaks

ホームページはhttp://kyuzo-matsuoka.com/

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