ビジネスパーソン向け人気連載|ビジネスジャーナル/Business Journal
ANA側が労基署に提出した報告資料には、Tさんが昏睡状態になった後、105便で新千歳空港への着陸寸前で羽田空港に針路変更した事実が以下のように欠落していた。
「・22:20頃〜 1食目サービス終了後休憩 (機内) 休憩終了後、 業務に戻る
・ 23:50 頃〜 休憩終了後、業務に戻る
・02:10頃〜 ギャレーにて2回目サービス準備中 「頭が痛い」と訴え、自身で簡易薬品ケースの鎮痛剤(バファリン) 服用。 直後 に立ったままのギャレー台に突っ伏した。
・02:14〜 ギャレーに座らせ、 横たわらせ刺激、 呼びかけを繰返す が次第に反応がなくなる。 いびきをかいて寝始めた。
・02:48 乗客の看護師の方の指示により問診。
・03:00 客席に移動させ、 横たわらせた。
・04:49 羽田到着」
本連載(1)で公開したANAのAさんへの報告書では、着陸をめぐる事実関係が記載されていただけに、Aさんは「労基署に都合の悪い事実を隠蔽して報告したとしか思えない」と不信感を募らせた。ANA社員にその場でこの件を指摘すると、当惑した様子を見せていたという。
労基署の担当職員の対応も冷淡だった。「とにかく労災認定は時間がすべて」と主張し、Aさんが「脳疾患の認定を決める不規則勤務など7つの負荷要因(当時)のうち、労働時間以外 の6つが妻に当てはまっている」とただすと、「時間以外は『絵に描いた餅』だ」と切り捨てたという。Aさんは「ANAがこの面談に協力的だったのは、労基署の非協力的な姿勢を見せるとともに、ANAに有利な内容で申請させて労災不支給をさっさと決めたい意図があったと感じた」と話す。
ANAにお膳立てされたかたちでの申請では労災が認定されないと考えたAさんは、自分で弁護士を立てて申請することを決めた。ところが、その旨をANAに連絡した途端、関連書類を出さなくなった。親身に接してくれた担当社員も異動になり、後任は一度引き継ぎの挨拶に来た後、一切連絡して来なかった。ANA労働組合もまったく協力しようとしなかったという。
Tさんの労災申請は21年6月7日付で不支給が決定した。この過程で大田労基署が一度もAさんや105便に同乗した乗員に聞き取り調査を行っていなかったなど不誠実な対応があったことは、別稿で詳しく報じる。
搬送先病院のカルテとANA報告書で大きな差異
労災申請は、1回目の申請が不支給になった場合、審査請求、再審査請求、裁判という手続きを取ることができる。Aさんはすぐに審査請求し、22年3月現在も労災の獲得に向け情報収集などに取り組んでいる。その過程でANAがAさんに提示した105便の「状況報告書」に不審な点があることが発覚した。
Aさんは、Tさんが搬送された病院の診察カルテを開示請求し、内容を確認したところ、緊急搬送された段階では以下のように救急隊からの報告を病院側は受けていた。
「午前2時ごろに頭痛を訴えたため休憩室で休憩させていたが、その20分後に意識を消失しているところを様子を見にきた同僚に発見された。千歳空港(筆者注・原文ママ)に着陸を打診するも受け入れ態勢が整っていないとのことで、羽田に着陸。救急隊が到着した頃に嘔吐を一回きたした」
ANAの「状況報告書」では既報の通り、以下のように記載されている。
「02:10 ギャレーにてご本人から2回目のサービス準備中に『頭が痛い』と近くのCAに申し出あり、その後ご本人自身で簡易薬品ケースのバファリン2錠を服用。直後に立った状態のままギャレー台に突っ伏した」
この2つの資料では、「休憩室で休憩させていたが、20分後に意識を失った」と「立った状態のままギャレー台に突っ伏した」というまったく違う内容が報告されている。筆者が複数の医療関係者に取材したところ、「緊急時で情報が錯綜していた可能性はあるが、これほど内容が違うことは通常はあり得ない」との見解を得ている。
Aさんは「休憩室で休ませて20分も放置して意識を失ったというと会社側の責任が明確になるので、立った状態から倒れたところを緊急対応したと有利なように報告書で書き換えたのではないか」と疑念を強めている。
Tさんは状況報告書より早く脳出血していた可能性、9つ折のメモの中に脳出血の患者特有のブレた文字
筆者もANAの現役CAを取材するなかで、「休憩室でいびきをかいていた」という話が社内で広がっていることを把握している。実はTさんは状況報告書に書かれていたよりも早い段階で脳出血の症状が出ていた可能性があることを示す一つの証拠がある。
Tさんは当日のフライトメンバー表を9つ折にしてメモを取るのが習慣になっていた。105便のフライトでもそうしており、その2つのメモが記事冒頭の2枚だ。右は正常な字だが、左はまともに書けておらず「脳出血の患者特有の文字の書き方」(医療関係者)になっている。
ANAの状況報告書には2回目の食事サービスを準備している最中に倒れたと書いているが、脳出血している人間が立って何か作業をできるのか。Aさんは「調べていけばいくほど、自分は妻の死に対して何もANAから知らされていないと感じる」と不信感を募らせる。