ビジネスパーソン向け人気連載|ビジネスジャーナル/Business Journal
これはとても高度な演出で、背後で流れているニュースや楽曲の意味を視聴者に想像させることで、多層的な表現となっていた。
それが最も強く現れていたのが、劇中に登場する朝ドラの見せ方だろう。
朝ドラ第1作の『娘と私』以降、『雲のじゅうたん』『おしん』『ロマンス』等の歴代の朝ドラを登場人物がテレビで観ている場面が、物語の節々に登場する。朝ドラの中に朝ドラが登場するという入れ子構造的なシーンは、遊び心のあるセルフパロディとも言えるが、時代と並走する歴代の朝ドラが物語の根幹につながっていくのが、本作の隠れたおもしろさだ。
『カムカム』も“朝ドラの教科書”に?
そもそも『カムカム』自体が、優れた朝ドラ論だった。
安子編が戦前・戦中・戦後直後(1925~51年)、るい編が高度経済成長期(1962~76年)、ひなた編が80年代以降(1983~2025年)と、過去の朝ドラが重点的に扱ってきた時代を三分割しており、それぞれの時代ならではの朝ドラヒロインの人生を紡ぎ出していた。
同時に描かれていたのが、日米関係を背景とした戦後日本論だ。
アメリカとの戦争に負けた日本にアメリカ文化が入ってきたことで、日本人の生活や文化がどのように変質していったのかが、本作を見ているとよくわかる。
ひなたが働く条映太泰映画村で作られる時代劇が年々、人気が低下していき、最終的にハリウッド映画の題材となることで盛り返す姿が、本作では「救い」として描かれていたが、これは逆説的に時代劇に象徴される日本的な文化が、アメリカの庇護のもとでしか成立しないことを示していたようにも感じた。
最終的に物語は、行方不明だった安子の謎をめぐる伏線回収劇に収斂していき、朝ドラ論や戦後日本論といった各テーマに対する踏み込みが甘いものとなってしまったのはやや残念だが、脚本面での技術更新は大きく果たされたと言えるだろう。
『ちりとてちん』がそうだったように『カムカム』もまた、今後の「朝ドラの教科書」となっていくのではないかと思う。
(文=成馬零一/ライター、ドラマ評論家)
『テレビドラマクロニクル 1990→2020』 昭和の終わりとともに世紀末を駆け抜けた1990年代の旗手・野島伸司。マンガ・アニメとの共鳴で2000年代の映像表現を革命した堤幸彦。若者カルチャーの異端児から2010年代の国民作家へと進化を遂げた宮藤官九郎。平成を代表する3人の作品史をはじめ、坂元裕二、野木亜紀子などの作家たちが、令和の現在に創作を通じて切り拓いているものとは――? バブルの夢に浮かれた1990年からコロナ禍に揺れる2020年まで、480ページの大ボリュームで贈る、現代テレビドラマ批評の決定版!
