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「上島竜兵さんが突然泣き出し」「有吉弘行らに朝まで付き合い会計支払う」紳士的な素顔

文=Business Journal編集部、協力=片田珠美/精神科医
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ダチョウ倶楽部のInstagramより

 お笑いタレントの上島竜兵さん(ダチョウ倶楽部)が11日未明、死去した。

 上島さんといえば、2020年に新型コロナウイルスによる肺炎で死去したタレントの志村けんさんと親交が深かったことで知られている。

「志村さんは一時期、六本木の行きつけのクラブのお気に入りの女性と、いつも同じ鉄板屋で食事をしてからそのクラブに行き、そこに上島さんと別の芸人さんなどが合流するというのがお決まりだった。志村さんは物静かで口数が少なく、上島さんや女性キャストたちの会話をニコニコしながら聞いていた。いつも最後のほうには、なぜか上島さんは突然泣き出し、それを志村さんが慰めたりしながら楽しそうに眺めているのが印象的だった。志村さんも上島さんも紳士的で、店のキャストやスタッフが不快になるようなことは一切しなかったので、店でも評判が良かった」(クラブ元店員)

 また、上島さんは、ダチョウ倶楽部の肥後克広、後輩芸人の有吉弘行、土田晃之、劇団ひとり、ノッチ (コンビデンジャラス)、ヤマザキモータースらと「竜兵会」を結成し、頻繁に飲み会を開く間柄であったことでも知られている。

「有吉が猿岩石として『進め!電波少年』(日本テレビ)のヒッチハイクの旅で大ブレイクした後に低迷していた2000年頃から数年間、土田や劇団ひとりも売れておらず暇だったこともあり、毎日のように竜兵会が開かれていた。店はいつも決まって東高円寺の庶民的な居酒屋で、明け方近くまで飲んだあとに、酒の飲めない土田がクルマでメンバーたちを家まで送っていくというパターンだった。

 仕事がなかった有吉たちと違って、当時すでに売れっ子で仕事が多忙だった上島さんは当時40代で、かなり体がキツかったと思うが、朝方まで他のメンバーたちに付き合い、会計はいつも上島さんが払っていた。あるテレビ番組で有吉が当時を振り返り、焼酎の水割りをつくるフリをして“ただの水”を上島さんの飲ませていたところ、上島さんがベロベロに酔っ払ったというエピソードを話していた」(週刊誌記者)

 別の週刊誌記者はいう。

「有吉がブレイクし、土田と劇団ひとりも売れて多忙になったこともあり、ここ10年ほどは竜兵会で集まる頻度はかなり減っていた。有吉が昔お世話になったお礼に上島さんに還暦祝いとしてオメガの高級時計をプレゼントしたという話は有名だが、ある番組で久しぶりに竜兵会のメンバーが集まる企画で、劇団ひとりが上島さんに御礼として江戸切子のグラスを買うために一緒に店に行くと、劇団ひとりの自腹だと知った上島さんは、真顔になってオプションで名前を彫ることを断っていたが、上島さんの人柄が現れている」

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