そして、このIDMの正体はInfineon、NXP、ルネサス等の車載半導体メーカーと推測できる。なぜなら、これら車載半導体メーカーは、28nm(22nm)以降の先端半導体をTSMCなどのファンドリーに生産委託している。ところが、ファンドリーは前述したとおり、逼迫感がなくなった。したがって、現在不足しているのは、IDMがファンドリーに生産委託していないレガシーな半導体であると考えられる。
なぜアナログ&パワーが逼迫するのか
現在、自動車産業界は100年に1度といわれる「CASE(Connected、Autonomous/Automated、Shared、Electric)」の大変革期を迎えている。このなかでも、自動運転化およびEV(電気自動車)化が世界中で加速し始めている。自動運転化では、自動車に搭載したさまざまなセンサによるアナログ情報を処理するためのアナログ半導体が多数必要になる。また、EVでは電池とモーターが最も重要なパーツとなる。そして、自動車に搭載した電池の電力で、モーターの駆動だけでなく、さまざまな電子機器や部品を動作させる。そのために、多数のパワー半導体が必要となる。
ここで、世界半導体市場統計(WSTS)のデータを使って、2019~2021年にクルマに使われた各種半導体の出荷額をグラフにしてみた(図6)。ここで最も特徴的なことは、2019年および2020年には150億ドルに満たなかった自動車用アナログ半導体の出荷額が、2021年に約240億ドルに急増していることである(なお、このアナログ半導体にはパワー半導体が含まれる)。そして、この原因が自動運転およびEVの普及にあるといえるだろう。
自動車の自動運転化およびEV化は今後ますます普及拡大していく。ということは、パワー半導体を含むアナログ半導体の需要も、今後さらに増大していくということになる。したがって自動車用半導体不足は今後も続くと推測できる。
ところが、アナログ&パワー半導体の多くは、6~8インチの半導体工場で生産されている。そして、6~8インチの半導体工場を新増設することが困難になっている。というのは、多くの半導体製造装置メーカーが、ビジネス的に利益率が低い6~8インチ用装置をつくらなくなっているからだ。つまり、6~8インチで生産するアナログ&パワー半導体の需要は大きいが、その装置を確保できないのである。したがって、アナログ&パワー半導体の逼迫を解消することは絶望的であるように思われる。
まとめと今後の展望
2021年1Q~2Qは世界的に28nmのロジック半導体が不足し、その生産委託が集中したTSMCなどのファンドリーが逼迫していた。しかし、その逼迫は2021年3Q以降は解消された。一方、リモートワークやネットショッピングの急拡大により、データセンタ投資が活発になり、そこで使われるサーバ用メモリのDRAMとNANDが逼迫している。しかし、この逼迫は、メモリメーカーの大投資により、いずれは解消されるであろう。
一方、ルネサスなどのIDMが生産するレガシーなアナログ&パワー半導体の逼迫が解消されることはないと思われる。その理由は、今後、自動車の自動運転化およびEV化が加速すること、およびレガシーなアナログ&パワー半導体が6~8インチの工場で生産されており、6~8インチの装置を確保することが困難なため、そのキャパシティを拡大することができないからである。
このように、逼迫する半導体は28nmのロジックからDRAMとNAND、およびアナログ&パワー半導体に移り変わった。となると、2024年に稼働し12~28nmを生産する予定のTSMC熊本工場は、いったい何用の半導体をつくるのだろうか。少なくとも現在、12~28nmのロジック半導体は逼迫していない。結局、経産省が立案した半導体政策は、またしても「大失敗」に終わることになるのではないだろうか。
(文=湯之上隆/微細加工研究所所長)
●湯之上隆/微細加工研究所所長
1961年生まれ。静岡県出身。1987年に京大原子核工学修士課程を卒業後、日立製作所、エルピーダメモリ、半導体先端テクノロジーズにて16年半、半導体の微細加工技術開発に従事。日立を退職後、長岡技術科学大学客員教授を兼任しながら同志社大学の専任フェローとして、日本半導体産業が凋落した原因について研究した。現在は、微細加工研究所の所長として、コンサルタントおよび新聞・雑誌記事の執筆を行っている。工学博士。著書に『日本「半導体」敗戦』(光文社)、『電機半導体大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北』(文春新書)。
・公式HPは http://yunogami.net/