知的ハンディのある関係者の供述頼みで書かれた有罪判決
1975年の最高裁白鳥決定は、再審を開くかどうかの判断に当たって、次のような原則を示した。
・もし当の証拠が確定判決を下した裁判所の審理中に提出されていたとすれば、はたして有罪認定に達しただろうかという観点から、当の証拠と他の全証拠とを総合的に評価して判断すべきである
・再審請求審でも「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判における鉄則が適用される
これによって、確定判決の事実認定を完全に覆さなくても、それに「合理的な疑い」を生じさせれば、再審の扉が開かれることになった。
ところが近年、この原則を骨抜きにし、再審の扉を狭めようとする動きが目につく。大崎事件の第3次再審請求での最高裁第一小法廷しかり、先般の名張毒ぶどう酒事件の名古屋高裁での決定しかり、そして今回の鹿児島地裁決定も例外ではない。
事故死の可能性が高いとする鑑定が積み上がっているのに、それには見向きもせず、新たに提出された鑑定書だけを見て、「他の原因の可能性もあるじゃないか」とケチを付けて排斥し、確定判決に固執する態度は、「疑わしきは被告人の利益に」ではなく、「疑わしきは確定判決の利益に」である。
有罪の確定判決を支えているのは、客観的な証拠ではなく、関係者の供述だ。
捜査段階の早くから、警察は原口さんが主導した保険金殺人事件と見立て、関係者への取調べを開始した。共犯者とされた3人には、知的障害がある。現在では、知的障害によりコミュニケーション能力に問題のある被疑者の取調べの際には、警察段階から全過程を録音録画することになっている。彼らは誘導や脅しに影響されやすく、取調官に合わせてしまいがちな供述弱者だからだ。しかし、本件当時には可視化などまったくなされていない。
密室での取調べで、3人の供述は著しく変遷しながら、原口さん、夫、義弟の3人がタオルで首を絞めて殺害し、義弟の長男も手伝わせて遺体を遺棄した、とする筋書きにまとめられていった。この間、原口さん本人は容疑を否認し続けていた。
原口さんに対する有罪判決を見ると、「共犯者」らの供述は求めたが、3人をはじめとするJ教授を呼んで証言を求めた形跡がない。結局のところ、当時の裁判官たちは知的ハンディのある関係者の供述頼みで有罪判決を書いているのだ。
私は中田幹人裁判長、冨田環志裁判官、此上恭平裁判官の3裁判官に問うてみたい。
「あなた方は今、通常審で本件を担当した時に、これだけの『事故死』鑑定が積み上がっているなかで、あえて共犯者の供述頼みで有罪判決を書くのですか?」
今の裁判所が、先輩裁判官の誤りを正せないのであれば、再審請求審の仕組みを変えるしかない。裁判員制度や検察審査会のあり方などを参考に、過去の裁判官に何のしがらみもない市民を再審請求の過程で関与させるようにすべきだろう。
(文=江川紹子/ジャーナリスト)