2.新しそうだけど昔のままのビジネススタイル
16年3月に瞳さんが務めていた会社を退職し、勇馬さんと結婚。新しいステップへと進化していく。18年には、現在の横浜市と横須賀市の境に位置する、より不便な場所にショップ兼アトリエ兼住まいを引っ越し。京浜急行電鉄本線の追浜駅より徒歩約15分ちょっとの、車も入れない丘の上である。古い一軒家を2人で改装しながら、「nusumigui studio」と名付けて定期的にショップとしても営業。見えないぐらい小さい案内板の入口から細い急な坂道を上がる。玄関を入ると広い庭があり、花や野菜も育てられている。
もともとは納屋だった建物をショップに改装。DIYでいろいろものが命を吹き返している。建物の外にも中にも暖かな空気があふれている。田舎の実家に帰った感覚というのだろうか。虚飾、過度の演出、高価な什器等もない自然体の空間がゆったりと広がりリラックスできる。
可愛らしいショップには、まさに人に関わる服作りというコンセプト通り、未完成でこの世に一着しかない服が並べられている。お客と対話しながら完成させる。丈、襟ぐり、スリットなどのディティール、デザイン、サイズの変更も可能である。
山杢さんがミシンを踏む間に、居間で瞳さんとゴマがお相手してくれる。瞳さんの手作りの焼き菓子、デザートや淹れたてのコーヒーをいただく。お客を平気で待たせる服屋である。ここには工場での工業生産品はない。まさに「人と関わる服」であり、オート・クチュールの発想である。平面の生地から出来上がる、世界で一着だけの完成品。アパレル製品の付加価値の本質。そしてお客様との共通の価値観に沿った本当のコミュニケーションが存在する。
まとめ
ショップ立地の常識、クイックレスポンスの量産体制、売上至上主義、セール販売などをまったく無視したビジネスモデルながら、本来のアパレル販売の原点に沿った運営で、適性な売上と利潤が生まれている。来年には、裏に続く古い家屋を自分たちで改装してショップを拡大させる予定だが、お客やお世話になっている不動産屋さんまでがボランティアで改装に加わっている。ひとつのコミューンが出来つつある。日本中に同じようなモデルの服屋さんが増えていけば、世の中はもっと楽しくなるだろう。
(文=たかぎこういち/タカギ&アソシエイツ代表、東京モード学園講師)
