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原辰徳監督の電撃辞任に発展か…巨人、球団史上初の「屈辱」にまみれる危機

文=井山良介/フリーライター
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巨人の原辰徳監督(「Wikipedia」より)
巨人の原辰徳監督(「Wikipedia」より)

 伝統球団・読売巨人軍が球団史上初の屈辱を迎えそうになっている。球団創設87年目となる巨人軍において、シーズン勝率が5割を切ったのは9回(創設から2021年まで)しかない。加えて、2年連続での勝率5割以下は05~06年のみ。3位に終わった昨年は61勝62敗で勝率は.496。今季も勝率5割に満たなければ、球団史上2度目の連続借金シーズンとなる。

 そして、連続借金シーズンとなった05~06年は監督が堀内恒夫から原辰徳に交代しているため、今季も勝率5割に満たなかった場合、巨人軍史上初の「同一監督による連続借金シーズン」となるのだ。

15年間で借金シーズン2回の原巨人

 2リーグ制後、巨人軍を率いた監督の通算年数、優勝回数と借金シーズンの回数は以下の通り(21年終了時点)。

・水原茂(11年) 優勝8回 借金0回
・川上哲治(14年) 優勝11回 借金0回
・長嶋茂雄(15年) 優勝5回 借金4回
・藤田元司(7年) 優勝4回 借金0回
・王貞治(5年) 優勝1回 借金0回
・原辰徳(15年) 優勝8回 借金2回
・堀内恒夫(2年) 優勝0回 借金1回
・高橋由伸(3年) 優勝0回 借金1回

 監督別で最多となる4回の借金シーズンを作った長嶋茂雄は就任初年度の1975年に球団史上唯一のリーグ最下位となったが、2年目と3年目は連続優勝。5年目に2度目の借金シーズンとなり、6年目の80年に「勝率5割をキープすれば監督続投」と言われる中、61勝60敗で5割をキープしたが、球団上層部から監督交代を告げられている。

「あの年は前監督だった川上さんが藤田さんを推して、球団もその声に従いました。結果、藤田監督は3年間で2回の優勝を成し遂げ、王監督にバトンタッチしました。王さんの後も、つなぎとして4年間で2回優勝するなど、川上さんの見る眼は間違っていなかったわけです」(スポーツ紙記者)

 その藤田監督を師と仰いできた原監督は就任初年度の2002年に日本一を達成するも、2年目にリーグ3位に終わると、堀内監督に交代した。

「当時は球団代表と原監督のソリが合わず、原監督は辞任の道を選びました。球団オーナーのナベツネさんが『人事異動』と語ったのは印象的でしたが、長嶋監督も当時の原監督も、自分より力を持っている背広組に抗えなかったのです」(同)

 2度目の就任初年度(06年)は初の借金シーズンとなった原監督だが、その後リーグ3連覇を達成。さらに12~14年もリーグ3連覇を成し遂げ、3度目の就任となった19年からは編成権も与えられた「全権監督」という立場で指揮を執っている。

「V9当時の川上監督を勝利数で抜くなど結果を残してきた原監督に対して、背広組を含めたほとんどの関係者が口を挟めなくなっているのは事実です。ただ、2年連続で借金シーズンとなると、これまでの指揮官が誰も経験していない前代未聞の恥辱です。チーム状態が悪くなったとき、部下であるコーチ陣の意見に耳を傾け、昨年と今年のダメな点を修正できるかがカギになる気がします」(同)

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