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中国をつけ上がらせた親中派の財界人&経済人列伝【5】

ユニクロ「反日の逆風でも中国出店はやめられない!?」

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post_840.jpg中国ユニクロのWEBサイト。モデルは中国人?
(「ユニクロHP」より)
 商社をはじめとした多くの流通関連企業も、中国と無関係な経営をしているところはない。現地に店舗を持ち、またやすい労働力を使った現地工場から安価な製品を輸入してきたのだ。第5回はそんな商社、流通企業を紹介する。

イトーヨーカ堂 伊藤雅俊

 イトーヨーカ堂(現・セブン&アイ・ホールディングス)の中国進出は、伊藤忠商事の提案によって、1974年7月18日にはじまった。「伊藤忠商事が前面に立つことで、前向きに検討する」という鈴木敏文社長の方針が、伊藤忠商事に伝えられた。中国との合弁事業という、イトーヨーカ堂にとってまったく新しい試みであったため、経営政策室・経営開発部が担当することになった。

 そこで、三菱総研、野村総研、三井銀行(現・三井住友銀行)国際部、三井建設(現・三井住友建設)国際部、さらに中国に精通する弁護士にヒヤリングを行なった。

 74年10月、鈴木社長と森田兵三・佐藤信武両副社長らは、「百聞は一見にしかず」とて中国に向かい、一足先に上海で視察を終えた伊藤雅俊相談役と北京で合流した。伊藤忠商事からは、繊維本部長の岩本副社長を団長とする一行、さらに本案件を中国側の国内貿易部の張晧若大臣から預かった伊藤忠の藤野文晤常務も同行した。年内に確かな回答をするとしたのは、伊藤忠の室伏稔社長(伊藤忠の第5代社長)と藤野常務の強い希望があったからだ。

「超長期的視点から見て、社員の国際的視野の育成になる」「隣国からの招致であり、チェーンストアの全国展開権および輸出入権が付与される可能性があり、イトーヨーカ堂がもつ経営技術が流通近代化を通して中国に貢献できる」「中国をグローバルな生産拠点として活用すれば、日本国内の営業支援になる」「中央の案件(北京)を検討中に四川省成都の案件が届いたが、出資比率も高く、さまざまな実験が可能(だから成都でもやる)」との4点でイトーヨーカ堂の経営政策委員会は進出を決定した。

 イトーヨーカ堂、セブン-イレブンは北京と成都に進出している。成都は鄧小平の故郷である。イトーヨーカ堂も鄧小平副首相の顔を立てて中国進出を決めたことになる。

伊藤忠商事、越後正一社長(第2代社長)と瀬島龍三

 72年、業界他社に先駆けて中国との取引再開を果たした伊藤忠商事で、社長(当時、故人)の越後正一を支えたのが参謀役の専務(故人)、瀬島龍三だった。元大本営参謀の瀬島はどのように動いたのか? 瀬島の部下だった元常務の藤野文晤(イトーヨーカ堂の項でも登場)はこう証言する。(12年9月7日付『日経産業新聞』のリーダー考より)

『72年9月、日中国交正常化が実現した。伊藤忠の中国市場への復帰は政府の動きより半年以上も早かった。越後の命を受けた瀬島は極秘裏に、1年以上前から準備を進めた。

BusinessJournal編集部

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