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ぼくらはあの頃、アツかった(8) 呪われし館での苦く、淡い思い出

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 都会のほうだとまた状況は違うかもしれないが、筆者が当時住んでいた九州の西海岸一帯は基本的に「設定確認はすでに禁止されていた」ので、全6を謳いつつも実際はオール2とか、もはや戦争しかないようなあからさまなインチキが横行していた。デトロイトである。なんか知らんが。店内でドラム缶で火を炊いたりケバブ焼いててもおかしくない。暴動。無秩序。そんな単語が頭に浮かぶ。筆者もそんなインチキを通算で10回は喰らっていた。

 誤解のないように一応言っとくと、筆者はこれでもミーアキャットとかそっち系の小動物並みに警戒心が強い。それでいてガセイベの罠にハマりまくっていたので、要するにあの時代、あの地域の全6はそれほど頻繁に行われ、そしてガセばかりだったのである。

 筆者もその日、噂を聞いて一応は大学を休んで並んだものの、心の中では全然信じていなかった。

 なんせあの泣く子も黙るボッタ店である。並びが発生しているだけでもミラクルなレベルなのに、実際に全6をブッ込んで来る訳がない。

 見ると、周りのお客も同じような気持ちらしく、「どうせ出ない」「お布施に来た」「100ゲーム回してダメだったらトイレットペーパー盗んで帰る」とか、そういう話ばかりが聞こえてきたものだった。

 一時間ほど待機したのち、抽選を経て入場。筆者の入場順はかなり後ろの方だったが、なんとかネットの『カイゾクショック』を確保することができた。

 もとより全6は半信半疑……というか嘘っぱちだと思っていたし、どうせなら好きな台を打ちたいと思っていたのでこれは逆に嬉しかったものである。

 びっくりしたのは『サラリーマン金太郎』などの人気爆裂台に空きがあったことだ。全6ならばいの一番に埋まりそうなものなのに、半分くらい空いてた。いよいよ誰もLのことを信じていないのが、これだけでも明白であった。

 やがて打ち始めの時間が来た。

 ボリューム最大のユーロビートに合わせて、一斉にメダルの投入音が響く。スロッターの性。胸が高鳴る。脳が熱くなる。

 もうここまできたらボッタだろうが全6だろうがとことん楽しもう、という気分になって、自然と笑みが出た。

 しかしてその笑みは、一時間後に別の形に変わった。

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