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ぼくらはあの頃、アツかった(8) 呪われし館での苦く、淡い思い出

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 やがて閉店時間。

 オープンが夕方からだったので、実質の遊戯時間は6時間ほどであった。筆者の出玉は2500枚を少し超えるくらいだったように思う。十分である。家賃が浮いた。ATのゲーム数が短めに偏ったおかげで結構ヒヤヒヤしたが、ボーナスの軽さがそれを補ってくれた。隣の『ハナビ』も爆裂とまでは行かねど、全員箱を使っていた。

 心地よい疲労感と達成感。今日の勝負内容を反芻しながら交換所に並ぶ。スロの醍醐味である。

 いよいよすっかり全てを終え、車に乗り込んでいざ帰る段階になって、そういえば……という気になった。サラ金である。金太郎。あれはどうなった。チャンスが鼻先を掠めた分、爆裂の確認をするのが怖かったが、かの機種の秘めたるスーパーパワーを目撃するのはスロッターとしての義務のような気がして、恐る恐る、再入店してチラ見してみた。
そこには──。

 九州西海岸に過去存在したL。

 チェーンの規模は未だに拡大傾向にあるなかで、我が町のLはその翌年に潰れた。

 しばらく空き店舗だったが、Pという別のチェーン店がその場所に新規出店し、そこも三年くらいで潰れ、今は確かKという店になってるはずである。

 どの店舗も長くは続かない呪われし場所。地元住民が酒の席で語った話によると、Lが出店するまで、その場所は斎場だったとの事だった。店の裏手には墓地があり、それを見下ろすような形で駐車場があった。場所があんまり良くないよね。と彼は言って、赤ら顔で笑ったが、筆者はそうは思わない。Lは、あるいはPも、潰れるべくして潰れたのだろう。

 あの日、サラ金の並び──シングルボーナスを搭載した、本当の意味での爆裂機のコーナーは、軒並み爆死していた。新店長就任の全6イベントは全6ではなく、「爆裂機以外は全6」で、もっというとそのコーナーは多分クソ設定であった。

 死んだ鯖みたいな淀んだ目で閉店ギリギリまで現金投資をしている爺様やパネルに拳を叩き込みながら怒り狂う若者の姿を見て、筆者は思った。

 ああ、ここ多分、来年あたり潰れるな。と。
(文=あしの)

【あしの】都内在住、36歳。あるときはパチスロライター。ある時は会社員。この春から外資系の営業マン。ブログ「5スロで稼げるか?」の中の人。

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