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大塚将司「【小説】巨大新聞社の仮面を剥ぐ 呆れた幹部たちの生態<第1部>」第6回

カネでOBを買収し、合併を目論む巨大新聞社を阻む“事情”

 しかし、旧亜細亜出身の株主は経済観念が発達しているだけに、大都と合併するとなると、その条件が日亜に不利であれば、簡単に承諾しない可能性が濃厚なのだ。

 村尾の説明に耳を傾けていた松野が、再び口を挟んだ。説明はまだ終わっていなかったが、こらえ性がないのである。

 「反対株主には、札びらを切ればいいじゃないか。OBの連中はカネが欲しいんだぞ」
 「できればいいですよ。それも難しいことを、これから説明しようと思っていたんです」
 「札びらを切れないのか?」
 「そうなんです。うちの株は戦後、ずっと、昔の額面、発行価格の50円で取引する慣行なんですよ。だから、買い取り価格を上げることはできないんです」
 「そんな馬鹿な。非上場会社の株式の評価は複雑で、俺も正確には覚えていないが、うちの社主に株を売ってもらった時はちゃんと類似業種比準方式で計算した価格で実行し、社員・役員持ち株会の売買も配当還元方式で計算する価格を基準にしていると聞いている」

 非上場株式の評価の方法は3つある。純資産価額方式は解散を前提に株主に分配されるはずの正味の財産価値で評価する方法で、時価評価の1 株当たり純資産額が取引価格になる。残りの2つは類似業種比準方式と配当還元方式で、前者は事業内容が似ている上場企業と1株当たりの配当金額、利益金額、純資産価額の三要素を比較して算出する方法、後者は年間配当額を一定の利回り(10%)で還元して取引価格をはじき出すやり方だ。

 大抵の会社では純資産価額方式による評価額が最も高くなり、次いで類似業種比準方式、配当還元方式の順になる。大都のような社主のいる非上場会社は、社主の保有株は類似業種比準方式、少数株主の社員やOBの保有株は配当還元方式で算出するのが原則なのだ。

 「でも、うちは駄目なんですよ。先輩はご存じないんですか?」
 「何だ。その言い方は」
 「そんなつもりはありません。ただ、うちと同様に社員とOBだけが株主の国民新聞で裁判があったんですよ。OB株主の1人が発行価格の10倍の価格で別のOBに売ろうとしたんです。それに国民サイドが待ったを掛け、訴訟になったんです。最高裁まで争ったんですが、結局、最高裁が国民サイドの主張に軍配を上げたんです。ちょうど、大都の社主が株を売った頃ですよ。国民が紙面で、勝った、勝った、と大騒ぎしていましたよ」
 「…社主の株のことで頭がいっぱいだったから。よそのことなんて眼中になかった」
 「社主の株問題は大変でしたからね。他の新聞なんて見ている暇ないです。わかります」

●最高裁判決のプラス面

 松野が新聞を読まない噂を聞いていた村尾はこう言い終わってから「しまった」と気付き、殊勝らしく俯いた。口元に笑みが漏れ、松野に薄笑いを浮かべていると追及されては困ると思った。幸い、松野には口元の笑みは見えなかった。

 「でも、そりゃ、最高裁もおかしいな。それじゃ、株式会社とはいえんじゃないか。国民に遠慮したのかね」

 松野に薄笑いを気付かれずに済んだ村尾は、ちゃぶ台のビール瓶を取り上げた。

 「先輩、もう一杯どうですか?」

 松野がグラスを取り上げると、村尾はビールを注いだ。そして、自分のグラスにも注ぎ足し、喉を潤し、最高裁判決のプラス面を強調した。

 「まあ、先輩、そうかもしれませんが、言論機関の神通力はまだまだ健在です。張り子の虎かもしれないけど、それがあるから、他の大企業と違って我々は世間や株主、マスコミの目をびくびく気にせずにこうして好き放題にやれるんです。感謝しなきゃいかんですわ。うちなんか、国民さんのご相伴にあずかったわけですから」
 「だがな。それだとちょっと、今度の話が振り出しに戻りはしないか」
 「なぜですか?」
 「俺は、日亜の株がずっと発行価格の50円で取引されているとは考えていなかった。うちの社員・役員持ち株会は元々同じ50円で発行された株を配当還元方式で決まった250円で取引している。合併比率を決めるのが難しいんじゃないか」
 「そんなことはないですよ。だから、私はうちの株5株で大都株1株を渡してもらう案でお願いしているんです。それだと、うちの株は5株で取得価格が250円です。大都株1株が250円で取引されているから、合併前も後も変わらないんです」

BusinessJournal編集部

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