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武豊騎手が語る「桜花賞ベストレース」は”伝説”の出遅れ勝ちでなく「あの名牝」の地味レース?天才が重要視する偶然ではない「必然」のプロセス

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武豊騎手が語る「桜花賞ベストレース」は伝説の出遅れ勝ちでなく「あの名牝」の地味レース?天才が重要視する偶然ではない「必然」のプロセスの画像1

 1989年のシャダイカグラ、93年のベガ、94年のオグリローマン、98年のファレノプシス、04年のダンスインザムードに続く、桜花賞6勝目を目指す武豊騎手。今年はリスグラシューとのコンビで、無敗の女王ソウルスターリングからの逆転勝利を狙う。

 7勝を誇る天皇賞・春に次ぐ、通算5勝と相性の良い桜花賞。だが、この5度の桜花賞勝利の中で最もインパクトのあるレースと問われれば、まずシャダイカグラの桜花賞が挙げられることだろう。今でも競馬ファンの間で語り草となるレースの1つである。

 若武者・武豊にとって通算2勝目のG1勝利となった1989年の桜花賞。前走で牡馬を蹴散らし、重賞初制覇を飾ったシャダイカグラとのコンビは最有力とみられていた。しかし、発走枠順抽選会でシャダイカグラ陣営は”鬼門”の大外枠を引いてしまう。

 当時の阪神競馬場の芝1600mコースは、スタートして間もなく急カーブが控えていた。つまり、スタートが外枠であればあるほど必然的に大回りを強いられる。それはコンマ1秒を争う競馬では「致命的な不利」といわれていた。

 シャダイカグラの1強ムードだった桜花賞は、一転して混戦といわれるようになった。ただ、それでも当日の1番人気はシャダイカグラ。「例え大外を回っても、シャダイカグラと武豊が勝つ」それがファンの出した結論だった。ただ、実は桜花賞がG1になってから、大外枠から勝利した馬は1頭もいなかった。

 だが、スタートで出遅れたシャダイカグラは、即座に進路をインコースに切り替えて枠順の不利を埋めると、スルスルと馬群を縫って好位に取りつき、最後は逃げ粘るホクトビーナスを捉えてゴール。競馬のセオリーを覆す見事な勝利だった。

「ユタカマジック」という言葉の発端となったそのレースは、傍目からにはまさに”会心の騎乗”に思える。だが、当の本人からは意外な答えが返っている。

『週刊大衆』に掲載されているコラムで武豊騎手が選ぶ完璧な桜花賞は、89年のシャダイカグラではなく、桜花賞2勝目となった93年のベガだったのだ。

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